日記・コラム・つぶやき

2008年11月23日 (日)

何もなくなっても。

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ごぶさたしています。

お変わりないですか。

秋も深くなりました。

木の葉の色が美しく、

一雨ごとに美しく、

美しく、

哀しいくらいに美しい、

そんなこの頃です。

朝露のアスファルトに白く

遠く霞む比叡の山の蒼に

赤い楓の葉の紅に

黄色い銀杏の葉の影に

ワイン色の蔦の葉の紫に

あなたの面影を探している私です。

裏腹に

足早に過ぎ去っていく日々は

まるで人ごとのようで、

振り返っては

びっくりしてしまいます。

あなたのいない二つの季節が

過ぎてゆこうとしています。

私は今日も

1.2.1.2・・・と、

走っています。

吐く息に、

踏み出す一歩に、

命の形をみています。

もし、

仕事もなくなって、

お金もなくなって、

あなたも私の元を去り、

誰にも

自分にも

なにも期待さえれなくなったならば、

さて、どうしているだろう、と。

そんなことを思いながら走っています。

身一つで、

走る。

しんどくなれば歩いてもいいよと、

自分に言い聞かせ、

今日もとりあえず走り出す。

それは人生のすべてなのかもしれないと、

そんなことを思います。

今私の持っている、

こだわりの愛着あるものたち、

それらがもたらしてくれた恩恵が

ある日突然無くなったとしたら・・・と。

走りながら思います、

それでも生きていけるかもしれないと、

思える何かをつかみかけています。

仕事に敗れても、

夢に挫折しても、

手足が動かなくなっても。

どんなにのろくても、

前に一歩踏み出し続けることは

自信という見えない力を生む。

お金や権力より

それは確かな力だと気づきかけています。

何もなくなっても。

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2008年9月15日 (月)

やさしさの技、勇気の術

6年うちに居る

ラブラドールのチョコの命の火が消えていく。

少しずつ確実にゆらゆらと。

春、顔の左半分に固まりができて、

五月には右前足にも同じ固まりができた。

片足を引きずり、遊んだ。

夏、歩けなくなって、

大好きな散歩に行けなくなった。

そしてそれからは庭にいて、

秋の初めのある日

ついに彼女は彼女の家から出れなくなって、

ご飯もあんまり食べなくなった。

昨日の夜、

どうやって出たのだろう、

家から出て、室外機の下のくぼみに

お尻からすっぽり入って

出られなくなっていた。

彼女はそこが好きだった。

ひんやりとしたちょうど彼女にぴったりのその空間が。

くったりと前に投げ出された両腕は力なく

右腕は固まりが裂けて、

血が流れ出て肉も見えていた。

呼ぶと、目だけでこちらを見て、

はぁはぁの息遣い。

くーん、くーん、と言う。

もう一人では出られそうにもない。

出してやらなくちゃ。

大好きなお肉で誘っても、

もう彼女は動けなかった。

はまったままで手からご飯を食べた。

大きな体はそのくぼみに

あまりにもぴったりとはまっていた。

家にいた息子②に、

「引っ張って出してやろう。」と言うと、

「かくれてるところがどうなっているかわからないし、

むやみに引っ張ったらよけいしんどくなるかもしれん。」

と言う。

確かに左後足は見えていたが、

お腹と右後足はすっかりくぼみの中にあって

どうなっているのかわからない。

「隙間から背中に手をまわして抱えてみようよ。(私)」

「無理に引っ張るとやばいかもやで?

胸が圧迫されてるし、うまくやらんと。

僕らが出していいか、先生に電話して聞くわ。(息子②)」

・・・繋がらない。

リダイヤルをしながら、

息子②は玄関のホールに、

ベッドをしつらえた。

庭に置いていた彼女の別荘、

大きなケージを運んできた。

私は息子②を手伝って

タオルケットを敷き、

水、ご飯、ゴム鞠を置いた。

その間も息子②は

「チョコ、チョコ。」と、名前を呼び、

「もうちょっと待ってな。もうちょっと待ってな。」と話しかけた。

三度目のコールでやっと連絡がつく。

「大丈夫、出してやって下さい、

運ぶときはタオルに乗せて・・・・・。そうすれば・・・。・・・」

息子②は先生に指示をもらっている。

そこへ息子①が帰ってきた。

私が事情経緯を話すと

息子①は現場に直行。

「タオル持ってきて~~!!!〇〇〇!(息子②の名前)。」

電話を切るやいなや

息子②タオルを持って急行も、

息子①はもうすでに彼女を抱きかかえていた。

あっという間の救出だった。

バスタオルを広げ担架にして

二人無言でホールに運び寝かせる。

「お前、力ないんな・・(笑)(息子①)」

「・・そうかもしれん・・(笑)(息子②)」

「あんたら二人、両極端!!(笑)(私)」

その夜はじめて笑った。

「もっと早くここに運んでやったらよかったんかな・・(私)」

「いや~、歩ける間は庭にいた方がよかったんやで・・(息子①、②)」

「そうやな。なぁ、☆☆☆(娘)にメール入れた方がいいかな・・(私)」

「う~ん、そやな~、けど、知らせんでいいんちがう・・?(息子①)」

「・・うん、帰ってきたらわかることやし、

今教えてもどうもできひんしなぁ・・。

一人で、きっと悲し過ぎるで、お姉。(息子②)」

「・・・・そやな・・ ・・・。

・・・なぁ、けど、☆☆☆(娘)がいたら、

ずっと抱いて一緒に寝るって言うやろうな・・。(私)」

「・・・そやな~~。きっと言うな~(笑)、

・・ま、代わりに僕の肉やるやん~!(笑)(息子①)」

「僕のも、ええで~♪(息子②)」

そんな会話を聞きながら、

息子②の作ったベッドに、

彼女は今体を横たえて、

目と耳で私達の声にかすかに応えている。

口元にお肉を持っていくと

食べたかった!と言わんばかりの表情を作って、

なんとか口に入れてくれる。

もう首を持ち上げるのもしんどいのに。ね。

ありがとうね。ありがとう。

ゆらゆらと彼女の命の火がゆれている。

ゆらゆらと思い出の日がゆれる。

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16日、

お昼過ぎ、

息子①からの連絡。

涙にならない悲しみというものが

あることを

あらためて知る。

受話器の中を

ゴォ~っと反響音を立てて

悲しみの川が流れる。

その轟音の中で、

私の出す声は

人でなしのように冷たく響き、

息子①の声も

なぜかふざけて聞こえる。

もう痛くないんだ・・・、

ということだけに思いを馳せようと、

感傷的にならなようにとしている自分に気がつき、

愕然とする。

人はなんて複雑でやっかいな動物だろう。

特にわたしは・・。

犬はなんて単純で潔い動物なんだろう。

特に彼女は・・・。

気まぐれな私にも

一度として

駆け引きなどすることなく、

裏切らず、

疑わず、

どんなときにあっても、

愛される者として

きっぱりと

愛する者として

超然と

存在していた。

彼女の重さは、

完璧な

やさしさと勇気の

重さだった。

私もそんな風に生きたいよ。

私はでも、そんな風には多分生きれないよ。

どんなにか恐かったことだろう。

どんなにか寂しかったことだろう。

でも、もう痛くはないんだよね、

もう安らかなんだよね、

そして

だから

今は、

これで、

一度お別れなんだよね。

また会うために・・。

また必ず笑顔で会うために。

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2008年9月12日 (金)

変わらないために変わり続けること

こんにちは。

ご無沙汰しています。

この1週間暑さが戻ってきたみたいですがお元気でしたか~。

今日もいい天気ですね。

この週末は老人の日、敬老の日と続いて、

高齢者の方々を慰労し、感謝し、長寿をお祝いする日になってます。

今年は、近くのお饅頭屋さんが

紅白お饅頭を下さるということで、

お母さん、こういうのって、ちょっとうれしいですね~。

私もね、敬老のお祝いのお膳を考えていますよ。

敬老の日だからと言う割りに

大したこともできないのだけれど、

普段よりちょっとだけご馳走にして

日ごろの気持ちが伝わればいいかなと考えています。

日ごろの気持なんだけど、

先ずね、何より元気でいてね、ということです。

元気で楽しく暮らしていてほしいと願います。

ほんとうに、それに尽きるかな。

そしてもうひとつの気持ちはね、

一緒に変わっていきましょう~ということ。

何もかもが変わるのは世の常、って言うとおり、

世相も人間関係も、何よりこの体!

毎年、毎月、毎日、・・・変わっていっているのですよね。

私も、お母さんから見ればまだまだ若い!ってことになるのでしょうけど、

4●才になっていて、

このところ毎年お誕生日が過ぎるころに、

去年の体力がなくなったなぁ~と思うんですよ。

まだ若いのに、何言ってるの!って、

お叱りを受けるかもしれませんけど、

私なりにそう感じていて、

だからお母さんたちはもっと感じていることだろうと思うわけです。

あの、たけし軍団の水道橋博士、っていうタレントさんご存知かな~。

というのは、その水道橋さんが、ある雑誌でね、

「変わらないためには変わり続けねばならない」

って言うこと書いてらっしゃったんだけど、

いたく共感したんですね、私・・。

でね、感化されまして・・

ちょっと前から、

二月くらいになるでしょうか、

歩いてね、出勤しているんです。

私ほらずっと車でしょう?

足腰、ほんと自信なくて・・・

このままじゃぁな・・ってずっと思ってたんです。

で、この水道橋さんのコラムにのっかって、

ある日「歩いて通ってみよう」って、思ったの。

お気づきだったかな~。

もちろん、予定のある日は車で行きますけどね、

それがね、家からだとだいたい1時間かかるんですね。

往きは下り坂なので、ま、なんとか歩けるわけです。

でも帰り道、そうなの!下ってきたのだから帰りは上り道なわけです。

たぶん斜度は30度くらいかな~

もう、そりゃあきついんですよ。

だらだらと永遠にのぼり坂なわけです。

はじめた3日くらいは根を上げましたよ、

でもね、まだ続いているんです。

すごいでしょう~~?というのもあるのですが、

何よりやらなくっちゃ!という気持ちが強いわけです。

若さも新しさも、なくなっていくのが当然だけど、

元気でいたい、楽しくしていたいという

ベースの想いは変わらずあるわけです。

現実と心の隙間をね、

なんとかしたいと思うわけですね。

お母さんたちとの暮らしもね、

ずっと同じではいられないですね。

前によかったもの、

前によかったことも、

今もいいことかどうか、折々に話っこしましょう。

腹にはいらないこともあると思うけど、

そこは逞しい想像の翼の力を借りて、

お互い上手に変わりあって、

そして変わらないでいたいと思うんです。

そうです、

安楽で温かい人生を作るために。

敬老の日にあたり、

お願いするっていうのはおかしいことではあるんですけど、

私と一緒に

変わらないために変わり続けましょう~。

長い人生の間のひと時、

ここで、

お母さんたちと過ごした時間が、

お母さんたちにも、

私たちにも

楽しかったといえるものでありたいと

心から思います。

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2008年8月19日 (火)

歩く

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おはよう~!

ご無沙汰しちゃってるけど元気にしてる?

私は元気よ♪

おかげさまで、夏ばてもせず、食欲旺盛!

3キロも太っちゃったよ・・^^;

というわけでもないのだけれど、

歩いて通勤するようにしたの。

これってすごいことなんだ~私には。

ずっとやってみたかったんだけど、勇気なく・・^^;

で、一念発起!いつも車で走る道をウォーキング。

家を出る時間もいつもより1時間早いんだけど、

(もちろん起床時間も早くしたわよ)

なになに!!思ったとおり、いい気持ちなの~~~。

いつの間にかさぁ、もう世間は秋だよ~。

稲の匂い、ほらあの生暖かい懐かしい匂いとかするし、

朝はさ、風がねなんだか透き通ってきているのよ。

シンディ・ローパーを聞きながらね、速歩でちょうど1時間。

職場に着いて足を止めたらどっと汗!!

もう汗だくだくになるんだけど、

冷たいおしぼりで体を拭いてストレッチ、

仕事服に着替えるとね、いつもより体ね、軽いの~~。

ほんと、どうしてもっと早くやらなかったのかしら、と思うのよ。

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子供の頃はさ、ほら体育の時間とかあったし、

ま、放っておいても外で鬼ごっこや走りっこしてたじゃない。

大学卒業して体育の時間がなくなって、部活もやめて、

そう、それからいわゆる「運動」をしなくなったんだ。

大人になると運動する機会はぐんとなくなってきてさ、

車にも乗れるようになったしね、

便利だし、忙しいし、時間ないし、疲れてるし・・とか言い訳して、

でもさ、運動は本当は大人にこそ必要なのよね。

体は硬くなっていくのだもの。

放っておくと自転車だって錆びるのよね・・。

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人生を歩くために、・・・って大げさだけど、

実際ね、もっと歩かなきゃって、思ったの。

足を上げて腕を振って、体でね、

目を開けて、耳を澄まして、心でね、

私を構成しているものは、体と心。

どちらかだけではきっとうまく歩けないんだ、ってね、人生・・。

体でっかちもなくて、心でっかちもなくて、

つまり、体の記憶は心の記憶になるのね、すごく。

体が育てる心っていうのを、

ほら、今北京オリンピックじゃない?

選手たち、もう、まざまざと見せてくれるわよね~。

ああ、あなたはもう気づいてたよね?

私はね、ずっと忘れてたのね、大人になってから。

例えばね、読書!そう読書に代表される

心の運動ばかり重視してきたかもしれないと思ったの。

威張れるほどの読書家じゃもちろんないんだけどね、

ま、意識がね、どちらかというと内側にあったと思うのね。

どうしたってね、社会に出て、

それに親になるとさ、

大人にならなくちゃ、ってね、

早くわからなくちゃ!って。

でもね、ここへきてはたと気づいたの、・・遅くればせながら?

外側なのね、大事にケアしていかないといけないなって、

心をケアするのと同じ、いやそれ以上に・・!

この体で、あとさ、40年以上歩いていくのだと思うとね、

ああ、体~~ごめんね、今まで放任してた・・って思うのよ。

・・というわけで、ま、いつまで続くかわからないけど、

しばらくさ、ぼちぼちと「歩いて」みるよ。

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2008年7月28日 (月)

ほの暗い夏/ワイン

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「あなたは時々

真夏の昼間に、

戸外で飲む、

辛口の

キリッと冷えた

白ワインみたいよ。

姿がよくて、

生きがいい、

さっぱりとすっきりした、

まだ若い白いワイン。」

「まだ若いって?うそだろ?」

「うそじゃないわ、断然若いわよ。

だって、あなたは健気だもの。」

「健気だと若いの?」

「そうよ、知らなかったの?

あなたは健気でひたむき、

倦んだ真夏の昼間には是非必要よ、

熱い頭と体を冷やしてくれて

心地よく緩めてくれるもの。」

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「それに、あなたは時々

夕日が沈むころ

海の見えるテラスで飲む

赤いワインみたいだわ。

少し悲しくて切なくて

やわらかくて丸い香ばしいフルボディ。」

「悲しくて、切ないなんて、いやだな。」

「あら、でもね、悲しくて、切ないものなのよ、

あなたは澱のある深く濃いワインだから。

きちんと時間と愛情の澱を

潜り抜けてきたのだもの、

甘く香ばしく私を満たしてしまうのね。」

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「ねぇ、夏の昼間に飲むワインは

どうしてこうも大らかなのかしらね。

まぶしい日差しのような「喜び」と

突然広がる雨雲の影の作る「あきらめ」と

夕立の去ったあとの空気のような「許し」と・・・

きっとそんなもので熟成した、

葡萄畑の土のような

「信頼」の味がするからかしら。

たとえば、

こんなことずっと続くわけじゃなくても、

あなたが同じように思ってくれていなくても、

もう傷つかない。

「こうでなければ。」とか、

「こうありたい。」とか、

朝の4時までだったっけ、

泣きながら議論した遠い日々。

私はいつもこだわり続け、

あなたも譲らず・・・

そうして外が白みだした頃、

必ずこう聞いてくれたのよね。

「結局、一緒にいたいのかいたくないか、どう?。」って。

そこが終着点、行き止まり、

動けないことを知ったのよ、

どんな正論も完敗だった。」

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「私はできればね、時々、

きらきら光る

泡を抱いた

ちょっと甘めの

シャンパンになりたいと思う。

透明な

脚の長い

細長いグラスに

金色に取り澄まして

シルクのような泡を抱いて、

キュッと冷たくなって

あなたの喉を潤す。

あなたが私を飲み下すとき、

尖った喉仏はコクッと上下して、

脈がちょっと早くなり、

あなたもほんのり赤くなる。

映画見ながら、

エアコンのきいた寝室で。

あるいは

星を探しながら、

湯上りのベランダで。

あなたにね、

何かちょっといいことがあったときに、

私にも、

何かちょっといいことがあったときに。

喜ぶ時間を彩る金色のシャンパンになりたいと思うわ。

これからも続く

私達のほの暗い夏のために。ね。

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2008年7月 1日 (火)

三つ目の願い

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平屋に住みたい、とずっと思っていて、
・・なんて、唐突だが、
近所に平屋の売家が出たので思わず見に行ってきたの。

三つの願い、とかよく言うけれど、
私の三つ目の願い(1,2は内緒!)が、
いつか平屋に住むということ。

かつて一度も平屋に住んだ経験はないのだけど、
手放しで憧れるものの一つ。平屋。

平屋は2階がない、当たり前だが。
そして家としては大きくないものが多く、
敷地に対してゆとりを持って建っていように見える。
私の平屋にはそれにガレージの奥に裏庭がついていると申し分ない。
さらに川べりか海が近くだともっといいな。

その平屋には土間があり、
居間と寝室、お風呂があれば十分だ。
そこに大きめのベッド、
テーブルにいすが2脚ぐらいがあればいい。
入り口の扉を開けると裏庭が見えるとなおいい。

私はその裏庭で野菜を少し作り、
川辺で魚や草を採る、
もう健康なんか気にしない、
なぜなら健康だから。

夜は少し怖い、
何せ平屋なので、戸締りはいたって簡単、
けれども健康なので勇気をもって眠れる。

春と夏と秋と冬、
大好きな人がやってくると、
私はうれしさのあまり足取り軽く、
トマトや茄子をもぐ。
夏には川できんきんに冷やしたビールに
お日さまの匂いのする野菜でもてなす。
大好きな人はそれをがぶりと齧り、
ゴクゴクと冷えたビールを飲む。
その姿に私は見とれるので、
大好きな人は目を細めてうれしそうに笑うことだろう。

私は大草原の小さな家のローラのように、
大きな前掛けをしているので、
顔も手も、野菜もみなそれで拭く。
それをみた大好きな人は、
ワイルドになったね、と驚くことだろう。

芋虫や蚊、蝶ちょやだんご虫とも、
ヤモリやトカゲやかえるともいずれ親しくなる。
ワイルドな女なので日焼けも気にしない。

平屋の暮らしは豊かに過ぎる、
夜がきて朝が来る。
大好きな人が来るのを私は豆を剥きながら待つ。
手先が不自由で目も良く見えないので、
なかなかたくさんは剥けないが、
それは心楽しい労働だろう。
晴れた日は裏庭で剥く。
春風が頬っぺたをなでるので
ああ、眠たいな~と思っているうちに、
私は逝くのだ、
そんな平屋がいつかほしいと思う。

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2008年6月23日 (月)

野百合/唯心

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雨に濡れそぼった野百合に、不意に出会った。

緑にむせかえる山の坂道で。

薄いピンクの花一輪、

なんでかわからないけれど出会った瞬間に、

ああ、母だ・・・と、思いました。

近寄ってじっと眺めてみて、

やっぱりこの野百合は母だな、と。

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わかり合うということは難しいんだ、ということを、

私の心に最初に刻んだのは、多分母だと思う。

ピアノのレッスンをサボるためにつく

私の小さな嘘やごまかしを哀しみ、

お出かけには紺色に白襟のワンピース、

お誕生日にはリカちゃん人形よりも

小豆の入ったお手玉に、

ポプラ社の本を与えた母。

寝る前には毎晩枕元で、

童話を読んでくれた。

私が赤い洋服が欲しいと言ったき、

私がピアノをやめると言ったとき、

私が語学留学をしたいといったとき、

私がボーイフレンドと出かけるとき、

うふふ、いちいち衝突したね。

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大人になって、

私は自由になったけど、

わかり合うことはますます難しいよ、

人と意思をあわせて暮すのは。

自分の意思ですら、

何かのきっかけで変わるのだものね、

同じものを見ても、

感じ方は人それぞれなんだよ、ね。

事実は一つでも、

現実は一つじゃないってこと、

それぞれの人にとっての現実が

その人の数だけあるってこと。

873

この野百合を見て、

私はおかあさん、あなたを思いました。

あなたの正義感、慈愛、強さ、純真を。

6月の雨は冷たく温い。

濡れそぼった花びらの水滴、

この花びらの水滴は

おかあさん、あなたの汗と涙だよね。

ひとりひとりが考えていることは違う。

わかってくれてるって思ってるだけで、

本当はわからないのよね・・・・。

、ってことも忘れちゃうんだよね、普段。

でも、それでいいよね、

何年も何年も経った6月のこんな雨の日に、

こうして分かり合えることもあるのだから。

883

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2008年6月15日 (日)

サンタルチア

874

彼女が天に召されたその夜に、

私はあなたのゴンドラのような体の船底で

打ち上げられた藻のように、

じっと丸くなって寝そべり揺られていた。

最後を

大いなるものにゆだね、

そのときを待った

祈りのような彼女の、

表情、

手、

目、

そして開放。

その瞬間までの

長い長い時間。

繰り返しまぶたの裏側に映し出される。

見ていてね、

見ていてね、

彼女の目はそう語っていた。

今や私の願いはそれだけです、と。

876

あなたは私をすっぽりと包んでくれたので、

ヴェネチアのゴンドラはこんなかしらと、

全く状況違いなことを思いながら、

心はあてどなく、

思考は行き場もなく揺れ続ける、

ゴンドラのようなあなたに包まれて。

うとうとと、したらいいいよと

声が遠く近く聞こえる。

じっとこのまま

じっとこのまま

ゴンドラに乗って、運河をひとめぐり。

陽気なゴンドリエのサンタルチアを聞きながら

パラッツォ・カナルの美しい水路を、いくつもの橋を

くぐりぬけながらゆったりとすすむ。

そんな風に天国につけたらどんなにかいいだろう。

痛いとも、

苦しいとも、

結局最後まで一度も言わなかった、

強く

儚い

見事な彼女。

90歳のその小さな体にあった

大きな意志。

自分を生き抜くという意志。

心から望んだように。

サンタルチア

サンタルチア

私はこんなことをしています。

あなたの見事な命の輝きを見た後で。

私はこんなところにいます。

大好きなひとのゴンドラの中で、

私達まだ生きなくちゃならないねと呟いた。

行けるとこまでいきましょう。

彼女のようには生きれないかもしれないけれど。

私のゴンドラは何も言わず、

長い腕と長い脚を

私にぎゅっと巻きつけた。

887_2 

そらにしろき つきのひかり
なみをふく そよかぜよ
そらにしろき つきのひかり
なみをふく そよかぜよ
かなたしまへ ともよゆかん
サンタルチア サンタルチア

しろがねの なみにゆられ
ふねはかろく うみをゆく
しろがねの なみにゆられ
ふねはかろく うみをゆく
かなたしまへ こよいまた
サンタルチア サンタルチア
                    小松清訳詞

http://jp.youtube.com/watch?v=oPogAQv-5xg

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2008年5月20日 (火)

Yes, We can

Yes, We can.

できるわ、私たち。

そうさ、大丈夫、できるさ、俺達。

もちろんよ、

もちろんさ。

hope  and  dream

Yes, We can.

「I, 私は強い!」と、彼女は言う。

「引っ張っていけるのは私。」と。

I  or  We  ?

I  の 力。

We の 力。

I  の 力が、

とても、とても強くても、

We に繋がらなければ、

動かない、何も。

hope  and  dream

Yes, We can.

I  の力の 強い人は、・・いるわ、

彼女ほどではないにしても。

でもね、強い人も

いつもいつも強くはないのよ。

人だもの。

どんな大きな意志も決意も、

どんな愛しいものへの愛情も、

日々の些細な出来事で、

人と人との間に生まれる感情で、

大きく

小さく

揺れ動く。

それを、心弱く浅はかなことだといいますか。

I の力は だから本当はそんなに強くない、

でも、I の力を

We に繋げることができれば、

それはもっともっと大きな力になる。

ちょっとやそっとの小波など飲み込んで、

大きなうねりになるわ。

そう、

強い人も、

強くない人も、

ともに持っている、

hope  and  dream

hope  and  dream

ねぇ、

あなたは神様を持っている?

その神様は強いかしら。

神様だから、不変で強いのかしら。

もしも、あなたの神様が不変で強いのなら、

それはきっとあなたの心が強いってことよ。

けれどもしも、あなたが今、

神様などあてにならないなんて思っているとしたら・・・

・・・ねぇ、神様はあなたの心の鏡じゃないかしら。

強い神様を味方につけるもつけないも、

私たち次第ね。

hope  and  dream

hope  and  dream

Yes, We can.

Yes, We can

Yes We Can Obama Song by will.i.am

http://jp.youtube.com/watch?v=2fZHou18Cdk

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2008年5月10日 (土)

 

ああ、確かに今回は俺のやり過ぎだった。

悔しいが。

あの女が聞いているとは、

いやはや思わなかったぜ。

俺はあの女が大嫌いだ、

イライラするんだ、

訳知り顔で。

いったい、俺の何を知っているというのだ。

放っておいてくれればいいんだ。

何を今更、

俺は60年この方、

ずっとこうやってやってきた。

俺はあの女が大嫌いだ、

ムカムカするんだ、

何も言えなくなる。

いったい、なぜ俺に優しいふりをするというのだ。

優しさなどいらない。

どうせ、見せ掛け、

おれはだてに70年生きていないんだぜ。

あの女に何がわかるというのだ。

俺はあの女の前で、

悪態をつく、

ののしる、

大声で怒鳴る。

そりゃあ、もうその場が凍りつくほどだ、

どうだ、ふん!、

俺のことは俺が

一番よく知っている、

何度言わせるんだ。

どうだ、恐がっているはずだ、

どうだ、怖気ずくだろう。

恐いだろうが!

困るだろうが!

俺はあの女が大嫌いだ、

目が見られない、

あの女の、

悲しそうに

俺を見つめるあの目を。

社会正義などくそ食らえ、

常識などなんになる、

賢く立ち回る、

使えるものは何だって使う、

卑怯だと?

こずるいだと?

姑息だと?

おお、上等だ!

それ以外、

何があるというのだ、

大声と頭、

この世で生きていくにはそれだけだ。

なぜ、そんな目をするのだ、

俺は、何度も言う、

あの女が大嫌いだ、

むしゃくしゃする、

イライラする、

ドキドキするんだ、

5歳児のように。

そうさ、確かに今回も俺のやり過ぎだったんだ。

まさかあの女が知っているとは、

いやはや参ったぜ、

なぜ、放っておかない!、

なぜ、俺に付き合うんだ!

俺は厄介者の頑固もの。

それは俺が一番よく知っている。

俺はあの女が大嫌いだ、

俺はあの女が大嫌いだ、

とっくになくした良心というものが、

俺にもあるのだということを、

あの女を見てると

思い出すからさ。

俺はあの女が大嫌いだ、

明日は母の日だって?

ふん!

この年寄りに母の日なんて、

お笑いだぜ!

俺は、あんたが嫌いだ!

そんな顔で俺を見る、

あんたが嫌いだ。

ああ、あんたには嫌われたくないんだ。

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2008年5月 3日 (土)

散歩

日が沈む前、

散歩にでた。

犬を連れて、

散歩に出た。

ビートルズをフルボリュームでかけて。

it's all right

it's all right

緑の風が頬を通り過ぎる。

いち、に、

いち、に。

ふんふんふん。

it's all right

it's all right

赤いリードがあわせて揺れる。

it's all right

it's all right

目の前のアスファルトに映る

大きなつばの帽子に

長い手足のシルエット

うふふ、私じゃないみたい。

モデルさんみたいに

ちょっと気取ってお尻をふって歩いてみる、

片手を頭にモンローみたいに。

ふんふんふん。

いち、に、

いち、に。

lady madonna

ふんふんふんふふん、

lady madonna

ふんふんふんふふん。

たそがれに

ただただ歩く、

ふんふんふん、

ひたすらに

ひたすらに。

長い影

長い影。

長くなってる私の手脚、

のっぽの私。

そう、のっぽのあの人、

すくっと伸びたしなやかな

あの人の長い手脚

このたそがれに、

あの人は川の向こうの

ずっと向こうの

あの町にいて、

私はここにいる。

スーツにネクタイ、

長い手脚。

いち、に、

いち、に。

ふんふんふん、

オレンジ色のやわらかい、

風の中、

私は歩き、

あなたは遠い。

ずっと一緒にいるといってくれるけど。

yesterday

yesterday

ふふふふふふん、

坂を駆け上がり、

駆け下りる。

oh, oh, oh~、

oh, oh, oh~。

大学の構内のベーカリーまで、

明日の朝ごはんに

春菊のフォカチャを買おう。

いち、に、

いち、に。

ただただ歩く、

前を見て。

ただただ歩く、

私の今を。

茜色の空に向かって、

帰り道、

いち、に、

いち、に。

don't  let me down

don't  let me down

いち、に、

いち、に。

don't  let me down

don't  let me down

ショッキングピンクに

真っ赤なツツジ

茜色の空。

愛する人

愛する人

いられるときは

だから

一緒にいようね。

日が沈む前に

散歩に出た。

ビートルズをフルボリュームでかけて。

犬を連れて。

一人でちょっと

出かけてきた。

she loves you

she loves you

yei yei

because

she loves you

641

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2008年4月23日 (水)

銀色のとき

P1030156

月に照らされた葉桜が

銀色に輝く宵

「さそり」という店で

その人に会った。

「さそり」はその店自体が

ひどく非日常的な場所なのだが、

その日はほかに2、3のお客があるだけで、

とても静かで落ち着いていて、

私たちは

透明人間になったような

あるいは

フィルムの中に入り込んでしまったような

そんな風でした。

赤いワインを

1本、頼みました。

しんとした

高揚した

気持ちで、

私はそこに

白く

むちりとした姿で

座っていたのです。

窓の

ガラス越しに広がる

紺色に染まった空を

背にして

その人は

不思議な存在感で

そこに居て

まるでいつの時代の

どこの国の

過去か未来か判断のつかない

甘く優しい言語で語るので

私は演奏のように聞いていたのです。

話す

ということを

思いついては話し、

飲む

ということを

そうそう、と

思い出しては飲む

という風にして。

赤いワインを1本、

ぽつりぽつりと飲みました。

その時間は

一瞬のようでも

何時間のようでも ありました。

「さそり」は

空港のように

時と時、

場所と場所の

はざ間にあるので、

そんなことは当たり前なんです。

その人は

少し野蛮で甘美で知的で聡明で

けれどもなにより

子どものようなので

私は何度も笑いました。

静かに流れるスローテンポのBGM、

目の前でてきぱきと寡黙に

お皿に盛り付けられていく料理、

時折カチャリと

カトラリーのかすかな音

ゆっくりと入れ替わっていくお客。

そうやって赤いワインを

1本空けました。

二人で

地球儀の中にある小さな1点

「さそり」というお店で。

いつでもでていけるのだ、

という事実と、

でも

今はここにいる、

ということ、

そして

ここにいることを選んでここにいるということ。

満月に照らされた

銀色に輝く葉桜の小道を

繁華街までそぞろ歩いて川を渡り、

歩きながら古い歌を歌いました。

富士の高嶺に降る雪も~

京都先斗町に降る雪も~

雪にかわりがあるじゃなし

溶けて(梳けて)流れりゃみな同じ~

後半は声に出さずに歌った、

悲しくなりそうだったから。

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高く上った満月と

少し花の残ってる銀色の葉桜を

一人仰ぎ見ながら

さっきの歌の、

梳けて流れた雪は

ああ、桜のことかしらね・・・と思い、

桜も人も時間も

こうして流れていくのだなと、

深く息を吸いました。

ゴトゴトと電車に揺られる間に

「さそり」は遠ざかって行き

銀色のときも

いつしか漆黒の夜になりました。

駅に降り立つ頃には

私はとても遠いところから

帰ってきたような気持ちがしました。

今日と明日を繋ぐ

漆黒の夜の手前に

銀色のときの喜びを、

与えてくれてありがとう。

また新しい朝がやってきます。

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2008年4月13日 (日)

Good to hear from you and hope that you・・・

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「みんなひとり」   松たか子

荒んだ世界に
あなたのような人が
いることに感謝
夢が遠く見えて
肩落とす夜は
電話をさせてよ
戀人とも違う
大切なともだち
代わりのきかない
私の相棒
みんなひとりぼっち
探し続けるのは
確かな絆とその証
誰かのひとことで
明日もがんばると
思えるなんてすてきさ
bud
わけもなくふさぎ
ブチうつな自分が
嫌いになる日も
あなたの笑顔の
大きな力に
勵(はげ)まされるんだ
どんな強い人も
弱さを隠してる
外には出せない
傷抱(かか)えながら
みんなるとりぼっち
それを知るからなお
あなたの大事さがわかるよ
心の片すみで
気にかけてくれてる
戀よりも強い味方
あー たまには私を
あー 頼ってもいいよ
生まれるときひとり
最後もまたひとり
だから生きてる間だけは
小さなぬくもりや
ふとした優しさを
求めずにはいられない
Everybody needs to be needed
Everybody wants to be wanted
'Cause everybody knows that we are all alone
Let me give my gratitude to you
For always being there and smile for me
Many many thanks to you, the best friend of mine
Many many thanks to you, the best friend of mine
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2008年4月 6日 (日)

桜 さくら サクラ sakura

456

できることなら、

京都中の「桜」を集めたいと、思いました。

桜 さくら サクラ sakura

遠く離れた見知らぬ星に住む、

まだ見ぬあなたに見せたくて。

私の星の「さくら」という花を知ってくださいな。

薄紅色の

可憐で儚い花びらは

舞妓さんの髪飾りのようでしょう。

桜 さくら サクラ sakura

風にそよぐ枝葉は

はんなりと、しっとりと、

芸妓さんの手のようでしょう。

桜 さくら サクラ sakura

ピンク色に染まった山々は

ふわふわと

霞に包まれた女心のようでしょう。

桜 さくら サクラ sakura

惜しげもなくはらはらと、

花びらをこぼし立っている、

節くれだった黒い桜木は

毅然としていて

まるで、

あなたの

私の

「おかあはん」のようでしょう。

408

いつしか、

振り返れば半世紀ばかり・・・、

咲いてきた「桜」です。

じっとして目を瞑ると、

息をしているのがわかります。

老木と呼ぶには早いけど、

その幹からは新しい小さな芽が

小さな花を抱えているんです。

千年の昔から

桜はこうして咲いてきたのですね。

桜 さくら サクラ sakura

あなたの星の「sakura」たちも

それぞれに

そろそろ今年も咲く頃かしら。

cherryblossom

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2008年3月30日 (日)

Happiness/国民総幸福

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昨日は父の誕生日でした。

花束を抱えて普段の不義理をわびながら実家に寄りました。

父は満74歳、かぞえで75歳。

来年は後期高齢者の仲間入りです。

子供のときはただただ恐かった父。

オシャレで、

昼も夜も仕事漬けだった。

でも、生き生きとしたバイタリティーに溢れていました。

その父も75歳を前に、

「ああ、歳をとったなぁ~。」と実感します。

気弱になったし、体もあちこち悪いようです。

医療保険制度も改革が必要なのでしょうが、

お年寄りが幸せに暮らせる世の中になって欲しいと思います。

今の子供達が夢をもって生きていくにも、

おじいちゃんが、

おばあちゃんが、

幸せにくらしているといことは何よりの希望だと思います。

今朝、テレビを見ていたら、

「国民総生産」ならぬ、「国民総幸福」という言葉が流れてきました。

国民みんなHappiness

ブータンの前国王が推進した考えかたとして紹介されていました。

GDP(国民総生産)が叫ばれる中、

人間の本当の満足度は生産量ではなくて、

全ての国民の幸せの度合いではないかという考え方で、

ブータンの国王が、最初に呼びかけたのがきっかけで、

この考えが少しづつ世界に広がりつつあるそうです。

394

「国にとって大切なのはGNP(国民総生産)

よりGNH(国民総幸福量)なんです」

と、1976年のある国際会議で、

当時まだ21歳だったジグメ・シンゲ・ワンチュク国王は

そう演説されたそうです。

お金やモノより心の豊かさ、

伝統的な社会・文化、自然環境などのほうが大切だと、

一国のリーダーが、

国にとって大切なことは経済成長を続ける発展ではなく、

国民自身がそれぞれ「幸せ」だと感じることなのだ、

とはっきり宣言したということ、すごいと思いました。

Happinessはでも、はっきりとした数字に出てくるわけではない。

人の幸せはきっとひとりひとり違うし、

歴史や文化の背景によっても違うだろうけれど。

だから見えにくいけれど、

幸せとは何か?と、

私たち自身が考えなければならないのだと思いました。

GNHで国を動かす・・

私達の幸せ、ハピネス、・・・って、なんだろう?。

日本もこんな考え方でやっていく時期がきているのではないかしらと、思いました

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2008年3月24日 (月)

赤いポストに

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赤いポストを見かけました。

彦根城の前の道で。

昔の面影を残したこの街に、

どこからか運んでこられて観光事業に貢献しているのかな。

そっと、手を入れてみました。

懐かしいどきどきとした気持ちが蘇りました。

無性に手紙を書きたくなりました。

誰に書こう・・?

随分会わない友達に、

心配かけてる両親に、

遠く離れた妹に、

初恋の彼にも?(まさか!)

いつも一緒のあの人にも・・・、

手紙、出してみようかしら。

手紙なら素直な気持ちが綴れそうです。

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シラクサのペンパル(古!)からのエアメールを

心待ちにしていた中学生の頃。

拙い英語で、How are you ?

修学旅行の旅先から両親へ出した絵葉書。

「浴衣」と書くところを、「夕かた」と書いて送った伯母への手紙は、

すぐに返事が来て、「間違ってたわよ・・はずかしいよ。」と添削された・・・。

「大好きです、応援してます、・・・。」と、チョコと一緒に手渡した初めてのラヴレター。

郵便局で切手を買って、ペロリと舐めて投函した・・・

薄暗くひんやりとした印刷の匂いの郵便局。

初めてのお泊り保育、「おかあさん、元気だよ。」と、

お絵かきつきの子供達からの葉書も、

誕生日おめでとうに、いまだお説教つきの母からの手紙も・・・・、

8ミリ映画のような思い出に溢れている。

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この10年の内に、携帯で、パソコンで、

一瞬のうちに容易にメールをやり取りできるようになった。

写真も送れる。

分厚くなった封筒の重さを量って切手を選ばなくても、

もう着いたかしらと心配しなくても、

世界どこでも一瞬に・・一斉に届けることができるなんてすごい。

母はようやくメールができるようになったけれど、

でも、こんな風です。

「寒のもどりでしょうか、このところ寒い日が続きます、

お元気ですか、お変わりないですか、

私方は元気にしております。先ほど少しですが

筍を送りました。貴女もお忙しいでしょうが、

またみなの顔を見せに来てください。

〇〇さんに(夫の名)によろしくお伝えさい。

取り急ぎ   かしこ  母」

大切な人には折々に手紙を書きたいと思うのです。

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2008年3月10日 (月)

VOLCANO(ボルケーノ)

午後の遅い時間のスタバは、

私のお気に入りの場所。

この時間のスタバは、とてもアメリカ的な大衆的な場所だと思う。

喧騒にあるも荒涼としていて、そう、小ざっぱりとしている。

シンプルな食器は、あっさりと白く、

みな無関心に勝手がってにコーヒーを飲む。

そっけなさというような、

たんたんとした

しがみつかないよ、というような淡白さ。

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歩きつかれてここへ来ると、

例えばいつものように一人でなくて、

濃いコーヒーではなくて、

うきうきと、「ボルケーノ」という甘いデザートに

アイスカフェラテなどを買い込んで、

友達とたわいもない話をぽつぽつとしながら、

街行く人々を眺めているときでさえ、

自分が無感情にあることに気がついてしまうのだ。

私って実は薄情かも・・・というように、

私ってかなり無関心なのでは?・・・という風に。

でも、人って本当は、

いつもいつも

そうそう感情的ではいられないのだと思い至る。

そうして、ここにこうして座っていると、

たださっぱりと「生活」というものに思いを馳せることができる。

私の「感情」は私の体の中にあって、

肌に覆われていて、

その肌の周りに私を通した世間が存在し

「生活」はそこにある、というような、

「感情」と「生活」の間に厳然とある距離の事実。

そんな隙間の感覚が好きだ。

それはちょっとかなしいし、

少しなつかしく、とても普段だ、と言える。

例えば、丁寧に使いこまれてくたびれてしまった

使わなくなった白いシーツのようだし、

リビングに何年も貼りっぱなしの

子ども達が幼い頃描いた絵のようだ。

みな心のどこかに知っている、

ほこりのかぶったセンチメンタル。

それらは時間を経たことで美しく懐かしく、だが遠い。

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肩の力をぬいて、

感情不足にただ眺めるているという行為は、

だれにもある孤独という普遍を、

あっさりと、さっぱりと、そっけなく教えてくれる。

街中の生活に満ちた喧騒にあるスタバで、

わたしは生活とともにあるその「孤独」を愉しみながら、

そう、「ボルケーノ」を突っついている。

「ボルケーノ」・・火山。

この店内でしか食べることができないの。

「孤独」と「ボルケーノ」

「生活」の中の「ボルケーノ」!

まるで私のことだ!

まるであなたのことだ!

チョコレート生地は火山、

流れる溶岩はエスプレッソ、

モクモクあがる真っ白な煙はホイップクリーム。

ほろ苦く、甘く、そしてまろやかなこのデザートを、

冷たいラテで流し込む・・・・。

うふふ。

「噴火しちゃうのよ、そのときがくれば・・・♪」

商談をしているスーツの男性も、

いま買ったワンピースについて話しているあの二人も、

携帯でメールにいそがしいその高校生も、

煙草をふかしながらぼんやりしているあの人も、

ここにいるみんな、

「火山」を抱えた「孤独」な仲間。

時間の作る白っぽいベールの中においてきた、

もう一つの普段忘れていた人生を

ふいに見ることはあっても、

さっぱりとあっさりと、眺めるている。

無闇に感情的にならなくていいものの中に居るときは自由だ。

なりたければ後でなれるのだから。

でね、もしか、もしか、

自分の「ボルケーノ」に気づきたかったなら、

やっぱり夕方のスタバに行ってみるといい。

今という時間は生き生きと流れているよ。

あっさりと、そっけなく。

アツアツの「ボルケーノ」は、

店内でのお召し上がり専用デザートです。

お持ち帰りはできません。


¥450

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2008年2月24日 (日)

春の海

春の海ひねもすのたりのたりかな

241

娘の話をしよう。

この3月で高校を卒業する娘は

いつも携帯電話を持ち歩いていて、

絶えずだれかとメールをしている。

受信するたび、ぴかぴか光るそれはでも、

今、貝殻で埋め尽くされた浜辺に無造作に放り出されていて、

むなしくブーブーと振るえ、ピカピカとしている。

干潮時、水面に顔を出す岩づたいに、

ぴょんぴょんと跳ねるような足取りで、

「先端まで行こうよ~!。」と、

私を振り返りもせずに、声だけで誘って、

づんづんと海に入っていった。

223

ボーイフレンドの話をしよう。

バスケ部のスタープレーヤー。

1年年下、幼くて、とてもかっこいい。

かわいい顔をして、無邪気に笑う。

頼りなく、やさしく、単純で、透き通っている。

ひたむきな瞳で、ボールを操り駆け抜けまわり、

しなやかな脚と手を使って、

ドリブルシュート、ロングシュート。

汗は甘酸っぱく臭く、

キラキラと笑顔を飾るのだ。

ケンカをすると何度も「別れよう。」などと言い、

一日も待てず「また付き合って。」と言う。

小さく寄せ返すこの波のような彼らの日々・・

いつか土用波 にならなければならない日がくるよ。

233

ハリウッド・ドリーム・コースターの話をしよう。

エミネムの曲に乗って、

はち切れそうな心臓をどきどき抱いて、

上に上に登って上がっていく。

頂上まで着いたら、あとは、落ちるだけだ。

一気に落ちて、回る、下る、うねる。

高速で空を飛ぶ。

体が無重力感に支配される瞬間、

世界は自由だ。

上も下も、右も左も、

過去も未来もない。

あいつもあの子も学校も・・。

237

トンネルの話をしよう。

一車線、路肩なし。

中央には、はみ出し注意のブルーに光ったポールが

竹の子のようににょきにょきと生えている。

80㎞/h。

長い長いトンネルの出口はまだ見えない。

薄暗い一本道。

ブルーの竹の子をヒュンヒュンと後ろに送り続ける。

ハンドルを握り締めてひたすら前を見つめながら、

道が走っているの?車が走っているのよね?

ひょっとして止まってるのかも。

小さな点のあかりがだんだんと大きくなる。

出口だ。

240

ハルノウミ ヒネモスノタリノタリカナ

水はまだ冷たく透明で、

ヒネモスノタリはしていません。

けれども、その海を渡る風はもう温みだしていて、

ノタリノタリの季節はやがて来る。

コットンレースの波頭は小さく白く泡立って、

花嫁さんのドレスの裾のよう。

浅瀬の海の中はお日様が差し込み、

石や海草や砂や小さな生きものまでが、

透明な水の中で

出番を待つワクワクした様子で鮮明に生き生きとある。

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もうじきに3月。

別れと出発の季節。

海の話をしよう。

春の、早春の海の話をしよう。

透き通った、冷たい、

お日様を浴びて、温かい風をはらんだ、

青い空に続く、春の海の話。

小さく寄せて小さく返す波の、

少し切なくも、

希望と夢に溢れた春の海の話。

青い空に続く青い海の・・。

娘の話をしよう。

242

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2008年1月27日 (日)

マイセンの朝

147

一昨年、2006’から6年間シリーズで発売されている、

マイセンのイヤーカップ。

一昨年のクリスマス(2006年)の、

夫からのプレゼントだった。

そのとき彼は、「6年分集めるぞぉ~~。」と、

宣言してくれただった。

ところがどさくさで、昨年2007年のを手に入れ損ねていたらしく、

「とっても遅れたけれど・・。」と、

先日夜遅く、持って帰ってきてくれた。

「まぁ!覚えてくれてたのね~~。」

なんて素敵!!

今度のは(2007年の)すっきりとした姿をしている。

これは早々に時間を作ってコーヒーを立てなくちゃと、

去年のカップも出してきた。

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ヨーロッパでの初めて硬質磁器を作り出した、

ドイツの名窯「マイセン」。

純白で薄くって、硬く、艶々としている。

この白さ、この質感がたまらなく好きだ。

ヨーロッパの王侯貴族が競って蒐集したのも最もだと思う。

ドイツのアウグスト2世は自分の軍の兵士600人に

プロイセン竜騎兵の壺151個とを交換したくらいだったらしい。

そんな歴史を想像しながら、

ゆるりと一人朝のコーヒータイムだ。

窓の外は雪が降り続けている。

お向かいの屋根も庭の木々にも雪が降り積む。

くもったガラスに閉ざされた白い世界の中にいて、

しゅんしゅんと、薬缶から立ち上る白い湯気の音聞きながら、

だぁれも、まだ起きてこない、日曜日朝8時。

至福のひと時・・。

149

2006’の日記

http://futti-futti.cocolog-nifty.com/kirakira/2006/12/post_9aea.html

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2007年12月 9日 (日)

黄色の似合う女

096

暖かい冬のせいだろうか。

庭に一輪、黄色い薔薇が咲いた。

もうすぐ夕暮れというその時間に、

ぱっきりと咲いていた。

クリスマスの飾りつけで

庭々の木々に巻きつけられた電飾が、

ぼちぼちと燈る中、

私の薔薇は毅然と媚びることなく輝いていた。

095

黄色という色が好きだ。

似合わないから。

甘いくせに、辛い。

大人の女の色だと思うからあこがれる。

いろんな黄色がある。

鬱金色、卵色、くちなし色、黄金色。

山吹色、ひまわり色、蒲公英色。

ひよこ色、バナナ色。

ペリカンイエローにレモン色。

どの黄色にも大人の色気があると感じる。

つまり媚びてないということだ。

堂々としている。

その色のせいで目立ってしまうことに

変な恥じらいや躊躇がなく、

飄々としていて明るい。

094

肩を抱かれると

砕け散りそうになる花びらを、

何枚も何枚も

鶸色の小さなガクで束ね咲いている。

その一枚一枚は

生活の風景。

甘美で、

危険で、

祈りのような、

日々の想いの中で、

黄色く染め上げられてきたのだ。

ふとした隙間、

優しく慰撫してくれる男の手のひらを

背中に感じたとたん、

はらはらと綻んでしまうのだけれど、

そうやって散ってゆくその花びらも

あっさりと黄色いので哀しくない。

にこやかに幸せを振りまいていくのだ。

093

いつもいつも一緒に過ごすことはできない。

共有できるわずかな時間に

喜びに満ちて

心が明るくウキウキするような、

楽しい、うれしい女でいることは難しい。

黄色い薔薇のように

いつも機嫌のいい女でいられたら

どんなにかいいだろう。

愚痴も、ぼやきも、妬きもちも・・

黄色い花びらの中にたたんで。

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2007年11月11日 (日)

comfortable

Yuki4

とろとろと、

眠りかけてたんどす。

ここのお母さんが、

「おいで~!」 と声をかけてくれはったんですけど、

今はちょっとめんどくさい・・んどす。

ここのお母さんいう人は

いっつも気まぐれで、

「抱っこしょ~♪」、言うては、

私やら子供達やらを

全身、ぎゅ~と「巻き巻き」にして、

腕枕をしてきはるんやけれど、

ほんまに、あれには往生してます。

けど、呼ばれたら行きまっせ。

みんな行くんどす。

がっかりしはるさかいね。

なんで言うたら、お母さんいう人は

無類の腕枕好きなんどすわ。

するのもしてもらわはるのも、ええらしくて・・。

「♪しあわっせなら たいどっで しめそうよぉ~。♪」

って、歌いながら腕枕しはるんどすえ。

お母さんいう人を見てますと、

愛情ってゆうのんは、一種の病気やわ、て思てしまいます。

しかも厄介な慢性の。

時々、くっつかんといられへんいう

発作が起きるようですねんね。

これは私、犬と同じやし、ようわかるんやけど。

で、そうならはったら、

熱烈に「巻き巻き」をしにやってきはるんどす。

せやけど、時にこの愛情が厄介でもあるらしいて、

「一人になりたいわぁ~!」なんて、

いつも言うたはるし、

心静かに暮らしたいって思ってはるのんも知っているんどす。

「けんかするんやったら離れてよし。」って、

子供達に怒ったりしてはるんやけど、

よう言ははるわぁ~。

全部、その言葉そっくりそのまんま

お母さんに言いたいくらいやわ。

私(犬)から言わせてもろたら、

人間も犬も、

ちょっと距離のある関係の方が

ほんまは心地ええのにね。

愛情があるさかい、ややこしいなるゆうことが

ようけぇありますさかいねぇ~。

実際のところ、ようわからしまへんのやけど、

なんやかんや言うて、

どうやら、わずらわしいことも全部

ある方が幸せやゆうことでっしゃろねぇ。

「♪しぃあわっせなら たいどぉ~で しっめそぉよぉ~~♪」

・・また、歌とうてはりますわ~。

そろそろお声がかかりそう~。

まあせやけど私はもう

人間やったら77歳くらいの

おばあさんになりましたさかい、

熱烈な「巻き巻き腕枕」に

いつまでお付き合いできるかわからへんのんどすけど、

お母さんいう人がこの先も

ず~っと幸せな腕枕に

満たされるようにと願っているんでっせ。

鎖骨と肩と首の間にできたあったかい

comfortableな三角のスペースは、

私にもとても幸せな場所ですさかいね。

あ、やっぱりまた呼ばれていますわ。

腕枕もよろしおすけど、

今ポカポカええ気持ちやし

寝たふりしますわ~。

犬なのに狸寝入りとはこれいかに・・なんてねぇ~^^

ほんま堪忍どすえ・・^^

Yuki3_2

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2007年11月10日 (土)

暗月の夜/dark moon

089_2

あなたは昼間は見えないので、

存在を忘れているかもしれない。

なんて薄情な私。

夜、帰り道、

行く手に現れて

「今日もここにいるよ。」

と、微笑みかけてくれる。

あなたは昼間見えないけれど、

存在していてくれるのを知っている。

なんていい気な私。

暗月の夜、

いつもの光がないので

とたんに不安になる。

「どうしたのかしら。」

「もう嫌いになっちゃたのかしら。」

あなたの光に

甘えて暮らしているわたしです。

そう気がつく、

暗月の夜。

甘やかなせつなさの

暗月の夜。

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2007年11月 4日 (日)

青い鳥

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午後、夕食の買い物に行く前に

近くの野鳥遊園にちょこっと寄った。

ここは、83000坪の敷地に観鳥楼があって、

いつでも野鳥を見ることができるので、

時々こうやってふと立ち寄る。

ぼうーっとするために。

今日は日曜日なのに、

誰も来訪者はなく、

ひっそりとしていた。

いつもは子供達がお父さんに連れられて来ていたり、

リタイヤした年配のご夫婦でにぎわっているというのに。

今年はまだ紅葉がないからかもしれない。

目の前の池の周辺には

湿地や砂場や熊笹、餌場などが設けられていて、

いつともなくやってくるだろう野鳥の出現をじっと待つ。

右に左にと双眼鏡で見回していると、

あれ?あれ?いつものあの木の奥に

・・・・青い「カワセミ」が、

いた?!いた?!わ~い!ラッキ~!!?

思わずうれしくなる。

翡翠色とも言われるあの緑青色の背中が、

チラッと見えたのだ。

うん、間違いない・・・

クルクルとピントを合わせていくと、

なんて綺麗なんだろう。

後ろ向きに毛づくろいをしている。

思わず声が出ちゃったみたい。

係員の方が「よかったですね。」と、

声をかけてくださった。

072

メーテルリンクの「青い鳥」を思い出す。

「青い鳥」の鳥はカワセミではないだろうけれど、

きっとこんな色なんじゃないかしら。

キラキラといろんな青色に見える。

幸福の色。

ひとしきりカワセミを眺め、

園内を散歩した。

野鳥の好みそうな

豆柿の実やクヌギの実、

ところどころに設けられた覗き窓、

チルチルとミチルの世界に入っていくような気分になった。

073_2

あの童話は意味深なのだ。

捕まえると黒い鳥になってしまった、「青い鳥」。

捕まえると死んでしまった「青い鳥」

見えているのに捕まえられない。

やっと捕まえたら、赤い鳥になっていたり・・

そう、青い鳥はうちにいたのだった、というお話だ。

でも、また飛んでいくのだ。

捕まえたら飛んで行ってしまうのだ。

この鳥は・・・・

077  

観鳥楼に戻って、カワセミを探した。

やっぱり・・

いなくなっていた。

次来るときはまた会えるかしら。

 

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2007年11月 1日 (木)

心のマグマ

075

私の心の中で飼っているマグマはなんなのか・・、

ずばり「恋人」。そう、愛してやまない愛しいやつ。

REGARD、

あるいは、DEARESTとも呼んでいる。

静かな「青い色」をしていて、

一見、ジェントルで素敵な風貌、

人の話をよく聴き、

優しい印象で

甘い声でソフトに話し、

わっはっは!と、笑う。

いつも冷静で、

明晰で、大胆で、

その思考の流れには時にうっとりしてしまう。

なので、普段訳知りの大人顔をしていて、

鷹揚に見えるのだけれど、

これが実にわがままなやつ。

お茶目で、

その気になれば、かなりの3枚目だ。

志は忘れたふりをしてるけど、

ティーンエイジャーのそれと変わらなく・・

かなり気まぐれでもあり、

その気分で絶えず優先事項がかわったりもする。

でも慎重なので、なかなかそれとは気づかせない。

自分勝手でクールだ!と思い込んでいるので、

そんな風に見せている。

ただ、本人は認めたくないかもしれないけれど、

かなりのロマンティスト。

しかもウェットで熱く情緒的なやつなのだ。

義理に厚く、

誠実で、

礼節を忘れない、親切なやつだ。

たまに柄にもなく、

「おせっかい」にもなったりもして、

本人もびっくりしているようだ。

私の行くところにはどこにでも

ついて来たがるので、

あるとき「飽きないの?」って、聞いてみた。

しばらく考えて、「飽きない。」と答えてくれました。

何度聞いても、「飽きないよ。」と、答えてくれる。

朝夕となく、あまりにもべったりとなついてくるので、

可愛くも、時に鬱陶しかったりするやつでもあります。

と、いい気になっていると、

ぷいっと、雲隠れするので、

どうしたのかしら?と思わせる、

なかなかの駆け引き上手?、

わかっていても、ついつい翻弄されちゃう。

ただ、それはそれは

私を愛してくれていて、

それは、私がどんなに理不尽につれなくしても変わることはなく、

つまりその愛はとても健気で真摯なので、

思いっきりきつい苦言でもって私を苦しめたりもするけれど、

だからその愛は信じることができる唯一の愛かもしれない。

その愛は全く見返りを求めていないので、

もうもらいっぱなしの愛なのだけれど、

例えば、私の体がなくなっても

その愛だけは残ると思う。

死んだあと、みな口々に、

私がこのマグマにいかに愛されたかを話すだろうと思う。

このマグマの愛の炎がある限り

私は私であり続けられるのだと思う。

そして、このマグマの愛の炎が燃えている限り、

私は人を愛せるのだと思う。

http://www.youtube.com/watch?v=MSqSCAkwa7o

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2007年10月31日 (水)

幸福な冷たさ

Photo_2

狩野永徳展のぽってりした興奮を纏って

とても咽喉の渇いていた私は

流れ着くようにして

博物館の前のホテルのラウンジに座ったのだった。

そのとき、多分、

私の感情の温度は

体温よりも高かったので、

まるで急につれてこられた

場違いのよそ者のような

孤立した感覚が襲った。

そのホテルのラウンジに居る、

他の観光客や滞在者、ホテルマンは、みな

やんわりとひんやりと

私を、疎外していた。

「あ~これ・・、この感覚・・」

私はこのなつかしい感じの孤独が好きだ。

子どものころ、

お正月年始の居間で、

揃ってお雑煮を祝うときに感じた孤独。

窓の外の庭の雪景色だけが友達だと思っていた。

夕方5時になって、みんなと別れて遊びつかれた帰り道

夕暮れの家々に灯る明かりに、

どこかの太った猫だけが友達だと感じた、

あの孤独。

それは、温かい安心と同時に感じる孤独。

なんとなくはみ出てしまったという、あの戸惑い。

子どもだったので、

その感覚が訪れるたび、

それにはちょっと罪悪感が伴っていて、

ちょっぴり心細く、

しかも不埒なことだと思っていた。

Photo_3

ホテルのラウンジという場所は

とても行き届いていればいるほど

安心して孤独になれる。

よいおもてなしとは、

「冷たさの中にこそある」、と思う瞬間だ。

自分の心だけどこかへ行っていても

だれも気がつかないし、咎めない。

「うふふ・・」と、思う。

「私、こんなところにいるよ。」

大人になった私は、

もう気兼ねせず

不埒なこの孤独を楽しんでいる。

ウォーターグラスの底に沈む

間接照明の金色の塊は、

ちょうど今私が心で飼っている、マグマのよう。

普段は見えないし、忘れていたりもするのだけれど、

こういう風に、現れてくれるのだと思った。

じっと見つめていると、

不思議なくらい勇気がわいてくる。

Kanou3   

今見てきた、狩野永徳の画を思い出そうとしていた。

あ~!!なんてことだろう・・。

あんなに印象的だったのに、

詳細が思い出せない。

「通りすぎたんだ。」と、気づいた。

さっき、迫力の画の前に立った私の五感を、

もう、「画」は通りすぎてしまったのだ。

あんなに覚えておきたかったのに。

「ああ、すごい!すばらしい。素敵・・」と思った一瞬、

その一瞬が全てなんだと、

いまさらのように気づく。

その一瞬以外の本当なんて、あるわけはないのだ。

目はもう、あの「画」の細々を覚えていない、

そう、「画」を見たつもりが、

「画」を見て感動した私を見てきたのだった。

全ては動いている。

説明など追いつかないくらいに。

閉じ込めて、大事にしときたくても、

感動だけを残して

通りすぎてゆく。

疲れた脚と重い腰が、

「確かに見たよ。」と、慰めてくれた。

Photo_6

「画」にはこうやって通り過ぎられ、

ホテルのラウンジからは

やんわりとはみ出していたそのときの私は、

でも、なんて幸福なのだろうと思った。

そうやって周りを見回すと、

外国人のカップルや、

飲み物を運ぶボーイさん、

何かの会を終えた背広姿の年配客に、

婚礼後の和服の親子や、

人目を忍ぶような男女がいて、

絶妙に、邪魔にならない位の音量でかかっている音楽や、

時折カチャカチャっと聞こえる

食器やグラスの音、

ひそひその話し声や笑い声、

決して静かではないその空間の

一部になっている私が

いつのまにかいた。

そして、

一人でいても、大勢でいても、

人はみなそれぞれの五感をたよりに

旅人のようにとどまらずに、

こんな風に、

幸福な冷たさの中で

一人一人で立ち向かっているんだなぁ~、という

単純な気づきに、しみじみとしたのだった。

さてさて、こうして、

またまた新しい一日が明けるのだ。

http://www.youtube.com/watch?v=YmHiUjr_iMg

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2007年10月20日 (土)

黄金色の葉っぱ

078

「私も6年前は30代やったんやんなぁ~・・」

午後9時過ぎ、

静まり返った事務所で、

連夜の残業に付き合ってくれるスタッフにふと言ってみた。

すると、しんみりと聞こえたのか、

まだぎりぎり30代の彼女は、

くたびれモードの私を励ますべく、

優しくでも少し優越を含んだ

猫のような魅惑的な目で私を見て、

「全然大丈夫ですよ~~!」と言ってくれた。

女にとって多分、30代と40代の境目は大きいのじゃないかしら。

39歳のときにへっちゃらにできていたことが、

45歳の今できなくなってきていることに

折に触れ、気づきだしている。

なんといっても、夜更かしができなくなった。

白状すれば、大好きなお酒もたくさん飲めなくなった。

職場の3階までの階段を

一気に上がり降りすると息が上がるようになった。

急に差し出された書類の文字に焦点を合わせるのに、

2,3秒必要になった。

焼肉がさらに苦手になった。

ひと月に1度、白髪染めが要るようになった。

ディスプレイのワンピースを着てみても、

思ったように似合わなくなった。

・・・というようなことをさらに彼女にこぼしたら、

「でもぉ、凄みができましたよ~。」

と、変な励まし方をしてくれた。

凄み・・かぁ~~^^;

なんだか複雑だ・・。

064      

できるようになったこともある。

気長になった。

慎重になった。

いろんなことが要領よくこなせるようになった。

優しくなった。(と思う・・)

動じなくなった。(かなり・・)

許せる人が増えた。(とても・・)

許せることはさらに増えた。

気にしなくなった、

自分の気持ちいいことに、

素直になった。

065

そして、できなくなった事柄を、

一つ一つ思い返してみた。

夜更かしも、夜遊びも、

ナイスバディに流行のワンピース、

すばやく走り、お肉を食べても胃もたれしない体・・

ちょっぴり未練も、

代わりに今できるようになったことを、

それらのことごとと引き換えに、

また無くすのは嫌だと思った。

歳をとることはこういうことなのだ、と思った。

手も足も思うように動かない、

目も見えなくなっていき、

命を支えるための必要最低限のご飯でさえ、

自分で口に入れることができなくなる場合もある。

例えば、排泄も人の世話にならなければままならなくても、

例えば、寝返り打つのに誰かを呼ばなければならなくても、

「生きている自分」に付き合わなければならない日々が、

じきに、やがて、誰にも訪れる。

誰しも、その瞬間まで、元気に楽に迷惑かけずに、

慣れたところで、好きな人と、

居たい、と願っている。

お金持ちの王様も、

道端のホームレスも。

男も女も。

日本人も、外国の人も。

あれがして欲しいこれがないと言っては嘆き、

人の顔を見れば自分の状態を訴えて

メソメソと過ごしている多くのお年寄りの中で、

「いつもすまんなぁ~。ありがとう。」

「おおきに、ほんま、おおきにどすえ・・。」と、

ただただねぎらい、

にこやかに微笑んで下さるお年寄りがある。

体の辛さや先行きの不安を受け入れた、

彼らの皺に包まれた笑顔の奥には共通して、

ずっしりと、

さっぱりと、

黄金色に光る葉っぱが見える。

彼らはみな、心の中に黄金色の葉っぱを持っているのだ。

人は年とともに体のADLは落ちていっても、

心のADLは向上できるのだと教えられる。

体が強い若者は心がまだ弱く、

歳を取って体が弱ったとしても、

人は強くなることができるのだと。

若いときには体で、

歳を取ってからは心で、

人は人を助けることができるのだ。

082

この先年々体は衰え、

できなくなることは増えていくことだろう。

体力と引き換えに一生懸命習得した

技術や能力さえも失う日が来るかもしれない。

いろんなものを諦め、

嘆き、苦しむことだろう。

まだまだ谷を超え、川を渡り、山を登ることだろう。

でもそのたびごとに、

必ず私は多くのものを得るはずだ。

それは、黄金色の葉っぱの素だ。

45歳はちょうど10月のように

秋に差し掛かった頃といえるのだろう。

夏、緑濃く茂っていた木々の葉は、

寒さや湿気や霜を避けていては黄金色にはなれない。

捨てるべきは捨て、

得るべきもをきちんと得、

人生の最後には、

思い煩うことなく、

黄金色の葉っぱを持っている人になりたいと思う。

葉っぱ

http://futti-futti.cocolog-nifty.com/photos/happa/

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2007年10月14日 (日)

「赤い靴」の効用

068

何とは無い、人に言うほどもない心の変化がある。

毎日変わりなく過ごしているという中で・・・

同じ部屋にいて、

同じ机を前にして座り、

同じような書類を眺め、

同じように処理する。

同じように会話し、

同じような冗談を笑い、

同じようなことで嘆きあう。

同じ車に乗り、

お気に入りの同じ曲たちを聴き、

同じスーパーに立ち寄り、

同じような一日が終わる。

心は絶えず、小さな波動でもって千路に乱れるいるのに。

069

赤い靴を買った。

一目見て、これが必要だと感じた。

それは、雨上がりの朝に見つけた

艶々に光る、しっかり濃く紅葉した蔦の葉のようだった。

黒いいつものパンツに履けば、

楽しいだろう。

ねずみ色のワンピースにあわせると

可憐になるかもしれない。

紺色のスーツなら、

少し色っぽくならないかしら。

Photo

お座敷の奥に

じっとたたずんでいる薄闇が日常だとすれば、

そこに浮かび上がるように、

エナメルの深い赤は美しく、

ああ、変わり映えのない私の生活にも様式があるのだ、

と感じさせてくれて元気になる。

薄闇の静謐とぼんやりさ、それがあるが故の美しさ。

何とはない心の変化というものがある。

感情の温度があるとすれば、

寒くなりかけたこの時期はいつもより高いのかもしれない。

もうじき本格的な紅葉の季節だ。

「赤い靴」を履いて、

さぁ!どこへ行こうかしら。

067

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2007年10月 7日 (日)

夢十夜/無いものにあること

047

本当に夢をよく見る。

だいたい色鮮やかで時には匂いまである。

長編スペクタルのものや、

短いのを3本立てで見たりする。

怖い夢も、楽しい夢も、好き。

怖すぎて夜中に起きてしまい、

そのまま寝付けないような夢も、

起きた時、目じりに乾いた涙がある夢を見ても、

寝る前はワクワクしてしまう。

048

夢は暗喩に満ちている。

私の場合、その日あったことがそっくり上演されることが多い。

登場人物や場所なんかも。

でも微妙に違うのは「台詞」だ。

夢はもう一人の自分に会うときでもある。

とても自信に満ちていて、

びっくりするような口調で話をしていたり、

ただただ泣いて、

しおれた花びらのような惨めな自分を見る。

049

夢は暗喩に満ちている。

そのときの興味や、

大好きな人や、

新しく出会ったものや、

悩みや体調が、

夢を構成している。

夢の中で、「問題」を「解決」しちゃうときもある。

「あ~そうだ!こうしたらいいんだ。」と、

ホット胸をなでおろしている夢の中の私を、

「起きたらメモしとこう!」なんて、

眺めているもう一人の夢の中の私もいる。

050

夢は暗喩に満ちている。

テーマやコンセプトが、

どうやら年々変わってきているらしいと気づく。

今の私のすべてが反映される。

能力や、技術や、感性が。

志や愛情の、キャパシティーが。

最近の内容は生々しいドキュメントタッチのフィクション物だし、

日々の積み重ねの中で無意識にいつの間にか

大型プロダクションを抱えてしまっているかのよう。

一度きりしか出会ったことがない人も、

まだ見ぬ未知の誰だかわからない人も、

よその女や、よその男に、猫や犬や、・・

いつもの覚えのある場所で、

見たことも無いところで、

もうそれはみんながかわるがわる出演してくれて、

私は毎日、夢に飽きない。

046

夢は暗喩に満ちていた。

自分を客観的に眺められる「夢」に

何度救われたことだろう。

喧嘩のあとに見た夢、

愛し合った後に見た夢、

病気の中で見た夢、

新しいことに挑んだ日に見た夢、

別れた人を送った日に見た夢。

そこには必ずコンセプトがあった。

子供のころに見た夢を、

もう見ることはできない。

20代で見た甘い夢も、

30代で見た辛い夢も。

P1030007       

夢は暗喩に満ちている。

あるものは無く、無いものにある、ということを知る。

「こんな夢を見た。

腕組をして枕元に坐(すわ)っていると、

仰向(あおむき)に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。

女は長い髪を枕に敷いて、

輪郭(りんかく)の柔(やわ)らかな瓜実(うりざね)顔(がお)をその中に横たえている。・・ 」

今朝、金木犀の匂いがどこからかふっと鼻先をよぎった。

..

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2007年10月 2日 (火)

惑星/プラネッツ

P1010364_2

長袖のブラウスを着たくなるこの時期になると

なぜだかプラネタリウムに行きたくなる。

空気が透明になってくるので

宇宙を身近に感じるせいだと思う。

真っ暗の闇の中で、

星座や星たちを見上げる。

自分の息遣いが普段よりしっかりと聞こえる。

しゅるしゅると現実の世界は遠ざかり、

火星や金星、水星に木星、土星を廻る。

諸惑星にまつわる物語を聞きながら、

心はさらに大きな空の果ての果てに飛ぶ。

そこはどこにあるのだろう。

P1030874

体を前屈して

足の間から覘くと

見慣れた景色が、まるで違う星のもののような気がする。

とても地球に似ているのだけれど、

そこには全然別の暮らしがあるような

そんな感じだ。

P1030957

そして、そこはもっと平和だ。物語のように。

地球人に似た生物が

のろのろともくもくと働いている。

全ての物は天に足をつけ、

逆さまに生きている。

家も生き物も、草花も。

みな宇宙に足をつけ生きていると感じる。

P1030953

大好きなあの人も、

ちょっと苦手なあの人も、

みな本当は宇宙で生きているのだと思う瞬間。

寄り添ってくっついて

もう離れられないと思うあの人も、「惑星」、

何万光年離れて存在する別の魂だ。

とても遠く見果てぬ土地に住む

会えないだろうあの人も、「惑星」、

心は数ミクロン違わない、同じ使命で生きる魂だ。

太陽の周りを回る、それぞれの惑星たち。

その中の小さな地球という星で、

いがみ合うのはちっぽけだ。

前屈して、

足の間から世界を見るのが好きだ。

地は空に

空は地に

その真ん中に踏ん張っている、

たった一つの魂の存在を

感じることができるから。

私もみんなも10個目の惑星だ。

P1030952_2

グスターヴ・ホルスト 「Jupiter, the Bringer of Jollity」

http://www.youtube.com/watch?v=EUSsXdhxFIM

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2007年9月14日 (金)

メレンゲの雲

P1030892

窓から外を見上げると

綺麗な雲が広がっていた。

ふわふわとメレンゲのような白い雲は、

けれども、じっとはしていてくれないのよね。

瞬間の美しさ。

二つとない瞬間。

私達は、「その瞬間」が

純粋で、美しく、感動すればするほど、

それが「ずっと続いて欲しい」って、執着する。

出逢った頃のメレンゲの二人。

あの二人。

あの心。

あの時期の、

あの暮らし。

けれども、

あなたと私は雲なので、

じっとして、同じ状態ではいられないね。

秋風に飛ばされて、

あちらとくっつき、離れたり、

昨日は雨にうたれれて灰色で、

明日は夕焼けに赤く染まる。

あなたも私もずっと同じじゃいられない。

でも、それは悲劇じゃないよね。

生きた関係は変化し、

広がって、

絶えず新しい形を作る。

私達に、固定の形はなくて、

その時々の

いろんな雲になる。

雨雲が続いているときに、

メレンゲだった頃を思い出すのは、

でも、意味がある。

大事な、二つとない瞬間には意味があって、

ただ、「ずっとじゃない」ということだけだ。

メレンゲの雲は儚い。

今あるものは、今の、今の場所にしかないということを思ったら、

うれしくなって、

少し元気になれました。

あなたの顔が見たくなりました。

P1030893

,

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2007年8月28日 (火)

遠出/晩夏

P1030864 

学生時代の親友と1泊旅をした。

本当に久しぶりも、「変わらないねぇ~」と言い合った。

しみもシワも少々、頬も下がってきていることは仕方ないとしても。

「遠くに来ちゃった」と彼女が言った。

20年、家族(夫と子ども)の生活を支えることが

彼女の仕事だったので、

まさに心も体も20年24時間付きっ切りだったことだろう。

「ほんま~遠くに来ちゃったね」と、私も応じた。

家族からも仕事からも・・・

とても身軽で、

体も頭もスウスウした。

2000年のおもしろい白ワインだというのでそれを頼み、

乾杯!!きりっと辛口のそのワインは

スウスウした頭とお腹に沁みた。

たくさん話をした。

思い出も今の悩みも。

「変わってないけど変わったよね。」と言い合った。

もう寝なくっちゃといいながら。

P1000328

真夜中の湖は真っ黒で、

遠く対岸の灯りがかすかにポツンポツンと見える。

彼女のお父様がなくなって

この3年間、彼女は辛かったのだ。

「死」ということ、「家族」という絆、

「生きること」を思った。

この漆黒の湖を

あの対岸のわずかばかりの灯りをたよりに、

勇敢に

孤独に

渡っていかなくてはならないのだと思った。

対岸は未来であり、

「彼岸」でもあるようだった。

そんな風に湖を眺めていて

眠りについたのはもう5時だった。

P1030854

「行っておいで。」と、にこやかに夫は言った。

奥琵琶湖を回ろうと思うと言うと、

「いいやん、もっと遠くにいってみたら?気をつけてね。」と笑った。

彼女の夫は、

「〇〇ちゃん(私)とお部屋で飲んだら?」と、

ビゴのパンに生ハムとクルバジェを持っていけと言い、

何とかパンとハムは「気持ちだけ持っていく」となだめ、

ブランデーを下げてやってきた。

夫たちは揃いも揃って心よく送り出してくれたけれど、

私達がそんなに遠くに行けないことも

ちゃあんと帰ってくることも知っている。

離れたくって出かけるのに、

時々こうやって遠くに行くと

夫や家族はとても近くにいる。

1泊2日、心の旅。

小さな遠出。

青い水、

青い風、

青い遠い日の二人に戻って・・・

走った!走った!遠くまで。

ガンガンに

暑い太陽と

熱い心。

ひたひたと

静かな水と

静かな心。

車を停めて、

照り返すアスファルトに

日傘をさした彼女と私の

少し小さくなったシルエットは、

でもまだまだ前傾だ。

もうひとふんばりの

そう、「晩夏」

まるで私達のようだ。

まだまだ走らなければならない。

ガンガンにではないにしても。

そして、帰れるところがあるのはとても幸せなことだ。

http://futti-futti.cocolog-nifty.com/photos/biwako2/

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2007年8月23日 (木)

めざせ!「女の鑑」

P1030528

この週末、学生時代の親友と

20年ぶりにお泊り旅行の約束をした。

20年・・・お~~20年!!

感慨深い。

お互いの結婚式のあと、

子どもが生まれる前に2、3度会って以来の再会でもある。

「CA」になりたいと言っていた彼女は、

世界を見据えていて、いつもとても前向き、

絶対「仕事」を持つ女になるだろうと思っていた。

本人も私も、両親も、友達も・・ね。

一方、私はと言えば、「結婚」して専業主婦になるだろうと、

これもまた絶対、本人も、彼女も、私の両親も思っていたはずだ。

私が22でお見合いをし、半年で、

両親の薦めるお相手(夫)との結婚が決まったとき、

(そのとき彼女は無謀だ!向こう見ずだ!

マザコンだったらどうする?

ギャンブラーで家にお金をいれないやつだったら?

とか、最悪暴力男かもしれへんで~!

といっぱい心配し、私を大胆だと言った)

彼女の母親はため息とともに、

「〇〇ちゃん(私)は娘の鑑だ」と言って褒めたものだ。

なのにだ・・人生はわからない。

彼女は私を追う様に1年後、

卒業後留学先で一緒になった人と

大恋愛の末、結婚!男の子二人を生み、

お受験ママに変身、立派に育て上げ、

専業主婦の「鑑」となった。

そして娘の鑑だと言われた私は、

同じく子ども3人を生み、

10年はなんとか「専業主婦」をしたものの、

(終わりの方は兼業?!)

専業主婦の鑑にはとうてい及ばず・・なれず・・(あ痛たた・・)

夫も子どもも放りぱなしの、

土日も、深夜もない「働く女」になってしまった。

全くどうしたことだと思う。

願わくは、この先「女の鑑」を目指したい。

具体的にはまだまだ分からないが、

いいじゃないか!「女の鑑」。

奥が深いぞ!「女の鑑」。

古臭いけど・・「女の鑑」

「娘」も「主婦」も経てきた今の私達、

女に生まれたからにはできるなら

いつの日にか「女の鑑」と言われてみたいものだ。

P1030557

ともあれ、その彼女とのお泊りだ。

ドキドキするよ~。

ワクワクするよ~。

冬になるとスキーに行って一緒に寝たね。

春と秋にはテニス合宿に行ってこれまた一緒に寝たね。

新婚時代、訪ねてきてくれて、

夫を放っぽらかして一緒に寝たね。

ちょうどこのクロワッサンみたいにね・・

でも、もうお互い45なんだから、

今回は夜の間に寝ようね・・

話はいっぱいあるけれど・・^^

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2007年8月14日 (火)

正しい夏/お盆

P1000648

連日連夜35度を超えるこの真夏の最中、

リビングのエアコンが壊れた。

お盆なので、業者さんもお休みで修理もままならない。

我が家のリビングはダイニング、厨房と続いているので、

じっとしていてもだらだら汗で暑い上に、

料理をはじめるともうサウナ!!汗が滴り落ちる。

全身の汗腺が開ききっているのが分かる。

足首とか、手首なんて普段汗をかかないもの。

ゴクゴクと水を飲む。

2台の扇風機をたよりに、

それでも食べることが好きなので、作る。

首にタオルを巻いて・・。

鯨のはりはり鍋を作りながら、

(なんでまた鍋などにするのだ!私は・・><)

子どもの頃の夏を思い出していた。

P1000651

子どもの頃は、こうやって扇風機で、

応接間(昔はそういう部屋があったものだ)や、

両親の寝室くらいにしかエアコンはなかった。

蚊帳を鴨居にかけて、香取線香を焚いてもらい、

団扇で扇いでもらいながら眠りにつく。

幾つもの長い夏休みの夜を

そうやって過ごしてきた。

仏間で祖父のあげるお経の声は子守唄のように、

お線香の匂いと混ざって

泣きたいような、心に染み入る夏だった。

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冷奴と、出来上がった「はりはり鍋」で

お酒を少し飲んだ。

扇風機の風はやわらかく、

お風呂上りの体は汗ばんでいたけれど、

冷たいお酒は咽喉に気持ちよく、

お線香のかすかな匂いと、

庭で鳴いてる蝉の声はいつもより大きい。

首に巻いたふかふかのタオルのぬくもりに、

顔をうずめて、

「正しい夏だな・・」と思った。

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2007年7月31日 (火)

清潔さと女らしさと

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女4人で小さな旅をした。

娘と娘の親友、そのママと私の4人で。

高3の夏、6年間の思い出にということだった。

中学からずっと一緒だった娘二人は、

良いことも悪いことも一緒にやってきた。

部活動も一緒(バスケ)、補習も一緒、

お互いの恋愛も失恋も共有しているが、

私と娘の親友のママは、

時々学校行事の折、話をするとか、

送り迎えやお互いの家に泊まることがある時に

連絡するくらいの関係だったのだけれども。

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そんなこんなで出かけた女4人は、

でも、だからか、あっという間に打ち解けてしまった。

娘は、子どもだけれど、女だ。

それは彼女が3歳くらいの時には

私はすでに発見していた事実なのだけれど、

高3ともなれば、もうすっかり同等の話もできる。

化粧の落とし方や、選ぶ洋服のデザインや柄、

食べるものも、ダイエットも、

そして男の子の話、恋でさえも、共通の話題になりえる。

娘達は若いので残酷だ。

男の子達が気の毒になるくらい、

(同年代の息子を持つ身としては複雑~!)

自信たっぷりの、

その自信はどこからくるの?というような、

平気で蝉の羽をむしる無邪気な残酷さを持っている。

あっけらかんと話す、

忌憚ない会話は危なっかしいのだが、

私達45歳のママチームには、

一種の羨望があるのも確かなのだった。

そう、それは今しかない若さの特権なのだった。

そのある種の残酷さは

糊のきいた真っ白のハンカチのようで、

清潔なのだ。

一生懸命に「清潔」でいたかったあの頃。

白か黒かどっちやねん!と自分も相手も責めていた。

山盛り笑って、山盛り泣いた。

そしてまぶしく輝いていたのだった。

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不意にきゅーんと顔を出した乙女心は切ないが、

45歳ママチームは、

うっとりばかりしていられない現実を乗り越えてきたので、

「女が輝くのって、自分の力じゃないねんで~!

周りの人のエネルギーを

ちゃんと心で受けてめて、その反動で輝くんやし・・。」

「あんた達、1ヶ月は知り合い、3ヶ月でお友達、

1年も経てば、まぁ付き合ってるっていってもいい。」

っとかって言い放ち、

度肝を抜くことくらいは朝飯前だ。

それは、命がけの恋愛や、

仲間や家族との絆、

いっぱいの過去とかしがらみで会得した女らしさだ。

そう、歳月を重ねたママチームの特権だ。

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女の一生はこんな風に「層」になってるねんで。

グラスに冷やされて出てきた

「羊とトマトの冷製スープ」を前に、

ワインで滑らかになったママ達は彼女らに訴える。

ママ①「生き抜く中にはね、いろいろあるんだから・・。」

ママ②「そうそう、お前にはまだ早い!!

    (ホワイト家族か!^^;)」

ママ①「でも、おいしい~でしょう~!^0^」

娘達 「おいしい~!!」

ママ②「そう、つまりおいしいのよ~!^^」

あ~!!なんていい気なママチームだ。

人生のその重みと凄みが分かるには、

ママたちもまだまだ現在進行形。

その渦中の真っ只中だけれど、

お互いがんばろうぜぃ!!^^v

でこぼこだけど女4人、

それぞれの人生を

精一杯輝かしいものにしようね。

こんな風に集まれることはもうないだろう。

琵琶湖を渡る風が一瞬やんで

凪いでいるようなひと時だった。

また明日から・・^0^

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琵琶湖・湖東の旅

http://futti-futti.cocolog-nifty.com/photos/biwako/

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2007年7月23日 (月)

夏の花ばな

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夏の花は、気持ちがいい。

色が、先ず、鮮やかだ。

それだけでも元気がみなぎる。

梅雨明けはまだのようだけれど、

晴れ間を縫ってドライブに出かけた。

野山を歩くと、少し湿った風の匂い、濡れたような空気は、

深呼吸すると体の基底部が癒される。

木々の大きさや葉っぱの豊かさに

しみじみとうっとりするのだけれど、

本当は原色の絵の具のパレットのような、

夏の花を見つけると、ウキウキ!する。

色とりどり、食後のドルチェのように、

お皿に盛られたような、庭の夏も大好きだ。

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曇り空のアスファルトに

そこだけ色がついているみたいな生垣の黄色や、

沈んだ墨色の静かな瓦の中にある

鮮やかな滑らかな緑の苔。

図書館のレンガの脇の真っ赤なハイビスカス。

渋滞の国道の中央分離帯の中に、

椰子の木が植えられていたりすると、

リゾートな、心浮かれた気分がやってきて、

突如、幸せになる。

そんな風に、夏の花たちはあまりにも鮮やかだ。

カラッとしていて、変な愛想もなく、心遣いもない、

別嬪の気風のいい「お姉さん」のようだ。

とても颯爽がいいので、

「現実」にくよくよしていていたりしても、

「ま、いいっかぁ~。」なんて気楽な気持ちになる。

「外はこんなに鮮やかだから大丈夫、なんとかなるさ~」

などと勘違いできるのがいい。

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もう少しすれば、

本格的な夏が来る。

ぎらぎらのお日さまに

夏の花たちは、より一層鮮やかだろう。

目に浮かぶようだ。

そのまぶしい夏が来ると、

私は毎年少しアグレッシブになる。

いけいけモードにはいるのだ。

勇ましく突き進む。

だって、花の鮮やかさに負けてなんていられないもの^0^

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2007年7月17日 (火)

「男気」というもの

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ここ1週間、「男気」という言葉にまみれて過ごしていた。

「男気」は唐突に現れて、

私の周りで、日に日に増殖して、

昨日などは頭の中を飛び回り、

いい加減辟易としてしまった。

そもそも、なぜ「男気」なんて言葉が出てきたかと言うと、

仕事関係上の行き違いがあったらしく(誤解も含む)

男性①がある男性②のことについて

「あいつは男気がない・・。」

「男気を見せられへんのんか~。」

などと言いたてていたのを耳にしたことからだ。

その険悪な状態のところに、

私は出くわし、とばっちり(もう!全く!)を受けた。

「〇〇さんの方が(私)よっぽど男気がある!」

と、その男性①が勢い余ってそう言った。

(「なぬ?!私に男気ってどうよ・・・。」)

なんだか違和感に囚われつつも受け流し

その場を後にしたのだが、

どうも釈然としない。

男性同士の「言い合い」自体の内容も

よくは分からないのだが、

どうやら、ことの是非よりも、

感情の部分での期待に応えなかったということで、

一方がもう一方を非難していた。

で、「男気」。

そもそも「男気」とは、

広辞苑にもあるように

男性を表現する言葉だ。

それによれば、「男らしい気質」「男だての気性」とある。

反対に「女気」というのがあって、

「女のしとやかな気質」とある。

「男気がない」は、

だから、「男らしくない」という意味だ。

女が言うのならまだしも、

男性が男性を「男気がない」と言うのは、

どういうことなのだろう。

でも、件の男性①の訴える「男気」は

ただそういう風に使ったわけではないようだ。

広辞苑をもう少し見ると、

「男気」=「侠気」とある。

強きをくじき弱きを助ける心立てと。

そう任侠映画の「侠」なのだ。

正しいか正しくないかではなく

味方し心寄せること。

件の彼はその部分にいたく失望し

「男気」なんて言葉で相手に詰め寄っていたのだ。

となれば、「男気」には実は男も女も含まれる。

強きに加担し弱きを無視しことなかれの風潮のなか、

熱くなって「男気」を訴える続ける彼は、

職場で暑苦しく面倒くさがられていたが、

頼もしい「いいやつ」になるだろうと思った。

「男気」を持って生きていくのは大変だろうが・・

ところで、「男気がない」といわれた男性②はというと、

これまた、意気地がないのだった。

「男気」はやはりあった方がいい気質だ。

いろんな「男気」に支えられてこそ人生は広がるもの。

では、「男気」を持つ人と持たない人は

どうして存在するのだろう。

生まれながらの気質なのだというのだろうか。

訓練や学習で育てることができるのだろうかと、

子を持つ親としても考えさせられるのだった。

たくさんの人とたくさんの経験ををし、

人の心をたくさん学んで、

暑苦しくも「男気」のあるやつになってほしいと

やはり思うのだ。

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2007年7月14日 (土)

アンドレの手/トマト

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肩こりがひどく、

首から背中までの重い痛みに絶えられず、

マッサージを受けた。

頭を両手で包み込むように持ち上げ、

ゆっくりとコリを揉み解す。

大きな手

安心できる手だった。

「痛いですか、痛ければ深呼吸して。」

「はい、深呼吸・・・」

呼吸を合わせる。

「私の手にプッシュして・・1,2,3,4,5、はいリラックス・・」

英語交じりの指示に、

一心に集中する。

私の「こり」に集中する。

そうするうちに不意に涙がこみ上げてきた。

私は心も体も全身が

哀しい果実になっていたことに気がついた。

思いやりとか、共感とか、友情とか、家族だとか、

情緒を支えているものにこんなに恵まれていながら、

それだけじゃ生きていけないかもしれないと

ふと思った瞬間だったからだ。

髪をなでてくれる手のひらや、

肩を抱いてくれる腕や、

涙をふき取ってくれる指先の温もりが

必要なのだ。

外国人のアンドレというマッサージ師さん。

私は彼のことを何も知らない。

どこの国の人か、何歳なのか、

何が好きで、どうしてここにいるのかとか。

でもそれがために、なおさら際立って

彼の手は温かい「人の手」だった。

トマトにお日さまが必要なように

人には「人の手」が必要だ。

手を繋ごう、

抱き合おう、

キスしよう。

スキンシップは一瞬で、心にも体にも血を通わせ

哀しい果実を

まっかなトマトにするのだ。

アンドレの手の下で

私はトマトになってゆくのを感じた。

マッサージを終えたわたしは

もう哀しい果実ではなかった。

そして帰って来た息子②をぎゅっと抱きしめてみた。

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2007年6月22日 (金)

やさしい約束

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男の人には、

もっと気軽に「約束」してれてもいいんじゃない?

って、ずっと思ってた。

夏になったら海に行こう。

冬には蟹を食べよう。。。とか。

言ってしまったらもう破れないとか

心配しなくていいと思うのよ。

忙しくしていることは知ってるわよ。

ただ、あなたは誠実な人なので、

「だめになったらショックだろう?」

なんて思うのね・・・?

例えば、海に行くと決めたら、

そのときから旅は始まる。

水着を買いに行かなくちゃ、

少しやっぱりやせなくちゃ、

大きな帽子も欲しいなぁ、

日焼け止めも必携だ。

・・・って具合にね!

そういう生き物だから。

それも知ってるのよね?

でもね、だからね、だめになっても大丈夫なの、

そりゃぁ、行けないことは少し残念だけど、

ダイエットできた体は秋にだって有効だし、

水着はジムで使えば愉しい。

色白にこしたことはなく・・

つまり心配しなくても大丈夫ってことよ。

そう、そんな生き物でもあるの。

ちゃっかりしてるでしょ?^^

ただ、あなたとする「約束」は

小さな口約束でも、

私の日々を美しく、愉しく、

色鮮やかにするってことを知っている?

そうなの、だからね、いっぱい約束しよう~?!

一緒に何かをしたいという気持ちの表現だもの。

爽やかに、この空のように・・・

のんびりとね~

今日がだめなら、また今度、明日があるのよ♪

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2007年6月18日 (月)

ガスパーチョの空

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今、空を見てる?

雲がオレンジ色に染まって綺麗ねぇ~。

あなたも私も大好きなあのガスパーチョみたい。

また今年もガスパーチョを食べに行かなくっちゃね。

夏野菜がどっさりだし、

ちょっと酸っぱくて、冷たくて、さっぱりしていて。

それに幸せな色をしているもの。

ねぇ、人生の終わりがこんな色だといいと思わない?

いろんな野菜は

もうすっかりとろけて

オレンジ色になる。

あなたも、私もとろけて

オレンジ色のスープになる。

ね、怖くないでしょう?

全然怖くないでしょう?

ちょっとくらい喧嘩をしたからって

私達はもうスープなんだからへっちゃらよ。

今日会えなくても、

明日会えなくても、

また必ず会えるって思うでしょう?

触れなくても

見えなくても

ずっと一緒だと思うでしょう?

あなたがこんなに待たせるから、

オレンジ色の空を見てるうちに

先に1回生きちゃったよ。

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2007年6月 4日 (月)

自給自足ということ

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6月になった。

私の住むところには

スーパーやマンションの中にまぎれて

まだたくさんの田んぼがあって、

ちょうど田植えがすんだ頃だ。

3階のベランダから見ると、

まるでパッチワークキルトの緑の布が縫いこまれたようで、

美しい。

私は俄然気持ちが活き活きとなる。

まだ、うすぼんやりとした早緑色のその部分の

等間隔に植えられた苗は、一雨ごとに成長して、

7月にもなれば真緑になり茂り、

秋には早、「お米」となる。

田植えを手でされている農家の方は少なくなったが、

でも時々見かける。

そんな時決まって私の頭を「自給自足」という言葉がよぎる。

そう、私にはどうやらずっと「自給自足」は憧れなのだ。

子どもじみた単純さで憧れてしまう。

小学校の社会の時間で

日本は食物のほとんどを輸入に頼っていると知ったからではない。

大昔、「お米」が伝わって以来、

日本人は「お米」、「ご飯」を食べて生きてきた。

塩とご飯で。

むかしばなしのおばあさんのにぎる「にぎりめし」は

いつもおいしそうだったし、

戦にいく武将の「にぎりめし」は力が出たにちがいないと、

今でも欲しくなってしまう。

それは「自給自足」だからだと思う。

自分家の食べるお米を作れるということ。

自分で作れるという安心は今や贅沢だ。

なにより、

一匹の生き物として、

自分を養える力を備えているという感じに

どうしても憧れてしまう。

「自給自足」のシンプルな命として生きてみたい、

なんて言ったら、あなたは呆れるかしらね・・・

おおよそかけ離れた暮らしぶりのわたしだもの。

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2007年5月28日 (月)

薔薇・ばら・バラ・rose

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ずっと憧れの花だったと思う。

「薔薇」「ばら」「バラ」「rose」

3世代同居の、見越しの松に庭石、灯篭・・

いわゆる純和風の日本家屋に暮らしていた少女時代、

薔薇に芝生のあるお家のお友達の家がとても羨ましかったものだ。

同じように「ピアノ」を習ったりしていたが、

バイエルもソナチネも、

バッハもショパンも、

我が家で弾く私のと彼女の弾くそれとは、

「どうも違うんだなぁ~」・・なんて思っていた。

いつかいっぱい薔薇のある家に住みたいなぁ~と子ども心に思ったものだが、

今だ実現しきれず、バラ園などを訪れて初夏のバラを楽しんでいる。

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薔薇・ばら・バラ・rose

ピアノの発表会やお誕生日に、

まして男の人にプレゼントしてもらう美しい「薔薇」は

とてもうれしく大好きだが、

私は初夏の日差しにのどかな庭先で

伸びたい方に枝をむけ、

ざっと咲いている「つる薔薇」が好きだ。

あれを見ているだけで温かい気持ちが訪れ、

「幸福かも?」みたいな気分になる。

純和式の日本の家で、

でも父はご機嫌がよかったのだろう、

そんなとき、当時流行ってた、マイク真木の「ばらが咲いた」を

よく口ずさんでいた。

「ば~らがさいたぁ~♪ば~らがさいたぁ~まっかなばぁらぁがぁ~」

父のその歌声は、

陽だまりの蔓バラのようにのどかだったと思う。

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さて、薔薇にはトゲがある。

そのトゲは「美しきものにはトゲがあり・・」なんて、

言われたりもして「近寄るとあぶないわよ!」みたいな

感じがあるけれど、

「薔薇曰く、我を守るもの、そは棘にあらずして匂い」(ポール・クローデル)

の言葉にはこの年になって「う~ん!」と納得する。

トゲより匂いの力で人生を渡っていける自信と勇気が欲しいものだと

溢れんばかりの薔薇を見ながらそう思った午後でした。

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2007年5月25日 (金)

雨の日は雨になって

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うっかり嫌いな人になってしまうところだったよ。

大好きなあなたなのに。

くだらないことじゃないか・・とあなたはきっと言うけど、

それはあなたが男だからよ。

だって私は「一生そばにいてあげるね」と言えるけれど、

あなたが思うように居られるって約束はできない。

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今朝、出かける前に軒下のベンチで雨を眺めてた。

で、ね・・思ったのよ。

こんな雨の日は雨になってみたいって。

例えば初夏の風の気持ちいい宵に、

縁側で「ホタル」になって

あなたの周りをポッポッと飛びまわりたい

秋になったら「ススキ」にでもなって

あなたの帰りを風に吹かれて待っていたい。

冬には「雪」にでもなって積もって積もって、

「そんなに積もったら出て行けないやん、困ったやつ」と言われたい。

そんな風に自然の何かのように

仕事や介護や育児なんかもな~んにも思い煩うことなく

ただそばにいることができたらどんなにいいだろうと。

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でも、年をとって、順当に私の方が元気だとしたら、

もしもあなたが入院したら、

必ず毎日行くよ。

そのとき父みたいに「遅い!!」ってぼやいてもいいよ。

「ごめん!遅くなっちゃって」って、ちゃんと母のように謝るから大丈夫。

だからそんなこと心配しなくていい。

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2007年5月20日 (日)

「はぐくむ」力

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今年3月の誕生日に

蔓バラの苗を買ってもらって

庭の片隅に植えた。

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「5月になれば、赤いバラが咲きますよ。」と、

園芸屋さんが言ってた通り、

今朝、一輪の赤いバラが咲いた。

たった2ヶ月半で

こんなに見事な花をつけるなんて・・

植物の成長の確かさに感銘を受けてしまった。

太陽と水、土。

シンプルなものだ。

過分な栄養剤を与えたわけでもない。

あれこれと手を入れたわけでもない。

必要なものを過不足なく。

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自然の「はぐくむ力」を信じればいいのだと、

久しぶりに大船に乗った気持ちがした。

と同時に、

浅はかな人間の知恵の行方を憂いてもみた。

太陽と水と土。

シンプルな「はぐくむ」力。

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2007年5月13日 (日)

Mother's Day

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今日は「母の日」だったよね。

で、毎年思うんだけど、

「母の日」って、なんだか複雑な日なんだ。

どう複雑かというと、

「母」がいっぱいいるということに気づかされて

私ったら、いつも右往左往しちゃうのだ。

私の生みの母、この人はもちろん母だ。

で、夫の母、つまり私には「義母」もいて彼女も母だ。

しかも、私もすでに「母」なって久しい。

でも母の日は一日しかないので、

どの「母」にシフトすべきか・・順番は?・・なんて、右往左往する。

しょっちゅう会っているにも関わらず、

「今日は外すわけにはいかない!」とばかり、

花束などを抱えて各母を訪問するのだ。

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「母」はやさしい。

「母」は強い。

「母」は温かい。

「母」は大地のようだ。

どの人にもみな「母」はいて、

どの人にとっても「母」といものはありがたく、

きっと特別の思いを寄せている。

今、たとえうまくいってないにしても、だ。

「母」は受け入れる。

子供のすべてを・・。

「母」は許す。

子供の過ちを・・。

だから、甘えちゃうんだよね?

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「母」にも「母」がいて、

その「母」にも「母」がいて・・

みなそうやって守られ、愛されてきた。

それは元来大地の優しさなのだ。

命を育むもの。

母性の欠如が問われるこの頃にあっても、

目の前の「母」たちは多分「大地」に繋がっている

・・って思うのは飛躍し過ぎだろうか。

そして今、世界の「母なる大地」は泣いている。

「母の日」などをわざわざ設け、

「母」のありがたさを思い返そうというのなら、

もっと大きな「母」に思いを馳せる日にしてはどうだろう。

母たちとそれぞれにカーネーションのお茶を飲んだ帰り道、

たそがれの中でそんなことを考えた。

だからって、

きっと来年も私はまた、どの母から訪ねようなどと考えて

右往左往してしまうんだろうなぁ。

   

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2007年5月 7日 (月)

娘へ/withパートナー

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ふと気がつけば二人になっていた。

息子①は仕事で、娘はデート、息子②は部活といった具合に。

さて、どうする?

GWの三日間、私達夫婦は珍しく「休み」が合ったのだ。

ここ何年も夫と「二人」になったことがなかったせいで、

いやぁ~一瞬戸惑ったよ。

娘などは、「いいやん~♪ラヴラヴで・・」と無遠慮に言い放つ。

娘の使う「ラヴラヴ」という言葉に、

う~ん!っとうなってしまう私は、さていったいどうなんだろう?

20余年の夫婦の「ラヴラヴ」・・・

ないとは言えないが「ある」とも言い難い。

でも娘よ、君のハートマークでいっぱいの「ラヴラヴ」にはほど遠いんだよ~

そう、色で言えば、君のはまさにガーベラのようなピンクにレッド!

だが、お母さんたちのはね・・例えば「雨の降り出しそうな海辺の色」

お互い楽しく時を過ごすことが一番大切だから、

なるべく傷つけ合わない。

お父さんのいいところだけしか見ないの。

きっとお父さんも、お母さんのいいとこしか見てないと思うわ。

で、どう過ごしたのかって?

先ず、あなた達がいないから、

お母さんはね、三日とも晩御飯を作らなかったよ。

代わりにジムの帰りに駅前で生ビール!

お風呂も作らなかったし、(ジムで入ったからね)

掃除機もリビングだけかけて

お父さんはテレビの阪神戦に時々悪態をついていたし、

お母さんは無視して本を読んでた。

二日目は映画を観に行ったよ。

バベルかハンニバルライジングかどっちかってことで、

早い時間の「ハンニバルライジング」を観た。

お父さんは、犬の散歩に行ったけど、

お母さんは「蔓バラ」と「アイビーゼラニウム」の世話をした。

そして連休最後の昨日、

お母さんはカットに美容院に行くって言ったら、

お父さんは

「三日間飲みすぎたので留守番して反省をする」と言ったので

笑った。

絶対飲みすぎだったよね・・ビール。

あんなに飲んで酔って「馬鹿みたい」って思ってたら、

「飲みすぎ~!」って言ってあげてたよね・・

どうやら分かってたみたいだね・・

ねぇ、こんなのがいいって思ってたわけじゃないよ。

でも最近思うの、「男」も「女」もなくなって

人間同士になってしまうのはつまらないことかしらって・・。

でもまだ君にはこんなこと考えないで

七色の恋愛をいっぱいしてほしい^^v

そうしたらきっと君もいつか

「雨の降り出しそうな海辺の色」の日々も愛おしくなるはず。

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2007年4月30日 (月)

青空、砂浜、ランランラン!

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   昨日、海へ行ってきたよ。

   「らんらんっら~ん♪走ろう~!」と

   人間のお母さんが言って、

   人間のお父さんが、ビールやら、タオルやら

   おやつと一緒に私を車に乗せました。

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   怖かったよ~!波
   ランランランなんてできないね!

   「犬はランランするものだ」と
   人間のお母さんは思い込んでるので、

   ランランもどきをしておいた。
   ばれてたみたい・・・。 

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  人間のお父さんはビールでいい気なもんで、
  ビーフジャーキーを空中に放り投げては
  トンビが引っさらうところを
  「写真に撮れ~!」
  「死ぬ気で撮れ~!」っと
  人間のお母さんに叫んでいた。

  酔っ払った人間のお父さんには
  いつも困ったものだ。

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  そんなこんなで私は緊張してたのか、
  おしっこがずっと出なかったんだけど、
  帰る頃に浜辺でしちゃったよ。
  砂浜ですると、すぐしみ込むので、
  人間のお母さんには分からなかったみたい。
  結構気持ちよかったかも・・^^

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                (犬yukiの日記より)

      

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2007年4月18日 (水)

情緒/朔太郎に思う

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        桜

  桜のしたに人あまたつどひ居ぬ

  なにをして遊ぶならむ。

  われも桜の木の下に立ちみたれども

  わがこころはつめたくして

  花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。

  いとほしや

  いま春の日のまひるどき

  あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。

                       ~萩原朔太郎~

お散歩の午後、

桜ももう終わりですね~と話しかけると

朔太郎の「桜」を朗唱してくださった。

90歳のKさんのその声はやさしく、強かった。

文語の韻律は美しく、心に音楽のように残りました。

素敵なおばあちゃんです。

いつもいろいろ教えてくださいます。

イギリス人がシェイクスピアを暗誦するように

日本人も古典を大事にしたいですよね。

文語のリズムはいいですよね。

自然への繊細な感受性とか情感を

子ども達に触れさせて あげたいなぁ。

少々難解でも・・

大人になったとき、

そうなんだと分かりますものね?

ところで、朔太郎の「こころ」という詩は

映画「ゲド戦記」の主題歌 のベースになってるんですってね?

映画は観てないんだけれど、主題歌は素敵です。

http://www.youtube.com/watch?v=p2anOJh8Suo


朔太郎の「こころ」も少しだけ・・

    こころをばなににたとえん

    こころはあぢさいの花

    ももいろに咲く日あれど

    うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて。

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2007年3月21日 (水)

息子②/卒業

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息子②が中学校を卒業しました。

息子①、娘、息子②のそれぞれ・・・幼稚園、小学校、中学校、高校の卒業式に

父兄として参列する立場になって、私にとっての彼らの「卒業式」は

息子①との、また、娘との、あるいは息子②との1対1の関係を見つめる

機会だったなぁ・・と思います。

式次第にそって進行していく卒業式の二時間は

他の誰のことも考えない、その子の成長、足あとを見つめて感慨深くなる。

起立、礼。

国歌斉唱、校歌斉唱、

校長先生の祝辞、来賓の祝辞

起立、礼。

送辞や答辞にも

起立、礼。

心が洗われ、背筋が伸びる。

日本という国で暮らし、〇〇中学校で

校長先生をはじめ先生方、地域の方々の中で学び、

先輩、後輩、友人と過ごした3年間・・・。

感慨深くもなろうといものだ。

卒業生代表の「答辞」を聞きながら、

息子②を思った。

陸上部だった彼は、3年間「走って」いた。

ともかく早朝から深夜まで、「走ってた」と・・

400mの選手から800mにスウィッチされたときは

がんばったよなぁ・・

でも、だから?勉強は、あまりしてなかったみたいだよね・・

お弁当ももっと気合入れて作ってやればよかったかなぁ~(もう作れないのか・・)

友達がいっぱい、男の子にも女の子ににも好かれていますよと、

担任の先生がおっしゃってくださって、うれしかったなぁ。

焚き火をして怒られて帰ってきたとき、

「焼き芋」をみんなとやりたかったのだと言って、

怒ったものかどうか、お母さんは正直迷ったよ・・

火事にならなくてよかったと思う反面、冒険もできない時代なのかなとね・・。

でも、自覚を持って気をつけてやったんだよね、みんな・・。バケツも水も用意して。

おかあさんは、だったらいいのじゃない?と思うよ。

むしろみんなそんな風に大きくなってよかったと思うよ。

先生も近所のおじさんも、ポケットに石をつめて走ってたのに、

いつの間に「つまらない大人」になったんだろうね。

でも、鼻が高かったこともあるよ。

体育祭の選手リレー!!

クラス、学年、混合リレーは

ずっと1走担当だったのが3年生のときはアンカーになったね。

緑色たすきの君が、黄色と赤を抜いたとき

おかあさんは今死んでもいいと思うくらいだったよ。

これからも「走ること」をやめないでやっていってね。

ダッシュ、200m、400m、800m・・

1万mにも挑戦だろう、時には誰かとリレーかもしれない。

校長先生の言葉を記しておくよ。

「他人に笑われない人になるより、

他人を笑わない人になろう。

自分を見つめよう、これから出会うものは全て君達の栄養だ」

「蛍の光」を歌う頃、新しい光が体育館の天窓から射してきました。

少し涙目の女子と並んで

「タンホイザー行進曲」で拍手の中退場する息子②は

ちょっと怒ったような顔でした。

一旦クラスに戻った10分後

吹奏楽部の演奏と

在校生と職員の方、保護者でできた校門までの見送りアーチ。

すると、涙で顔をぐしゃぐしゃにした息子②の一団がやってきた。

「絶対泣かんと思ってたのに俺が最初に泣いてしもてん。ほなみんな泣き出して・・

あ~なんでやろ・・一番泣いてたと思うわぁ~。」

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2007年2月20日 (火)

気になる、ムーディー

一昨日から

耳について離れない・・

あるあるの後番組「レッドカーペット」を見たせいだ。

家事の合間に、

運転しながら通勤時に

職場で鼻歌交じりに、

つい唄ってしまう、

「右から左へうけながす」の唄!!

で、昼食時に「なあなあ!知ってるぅ~?この唄!」と

遠慮なく歌い上げてしまった。

そしたら、やっぱみんなも知っていたのだ。

「見た~見た~!!」って

たちまち次々ムーディー感染!!

午後からは職場のあちこちでサビ部分が聞こえてくる^0^

あげく昨日のデイ会議(就業後のミーティング)では

みな発言の折々に

「右から左へうけながす~♪」の歌を挟みだし

オチに使う始末・・♪♪。

恐るべしムーディー勝山♪

夜8時、デイルームから聞こえるのりのり職員の熱唱は

変にムーディーだったことだろう^^

「♪♪♪みぎからぁ~みぎからぁ~やあてきてぇ~

(何がや!)僕は~僕は左にうけながす~ぅ~♪(何をや!)」・・て

入居者さんごめんね、うるさかったよね^^;

ちなみに、もし歌われるなら

思い切りムーディー勝山さんみたいに

めっちゃムーディーに歌い上げるのがいいと思う^^

右から来たものを左へ受け流すの歌はこちら
  ↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=fo4DtJaacH8

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2007年2月14日 (水)

my バレンタインデー

P1020655_1

あったかいおやつは心も温まる!!

に違いない!・・って、今日はバレンタインデー。

バレンタインの第一線は息子たちに譲った感もあるが、

女としてはどうして、やっぱり無視できない日だ。

「本命」への甘酸っぱい、かつてのバレンタインデーの

思いを懐かしみ、最近では

初恋(古!)の人などを思い返して

「どうしてはるんやろ~?」などと、

アルバムをめくるような日になってきていたりする。

息子①にも心のこもったステディチョコが、

娘にも、渡したいお目当ての彼へのチョコが、

頼みの息子②でさえ、

どうやら毎年「チョコ」をもらってくる。

そんな昨日今日、彼らの幸せ空気、ハートフル空気は

こちらまで伝染するから困ったものだ。

仕事帰り、デパ地下の有名チョコレート店の

カラフルで色とりどり、

トリュフや生チョコなどなどを横目で見過ごしながら、

ちょっと買いたくなるも人ごみに圧倒され、

電車に揺られて帰ってきた。

いつもより早めに帰れたんだもの・・

・・・・やっぱ、なんかしたくなった。

で、「チョコ蒸しパン」を作った。

キッチンにあったもの

ホットケーキミックスに

85%のブラックチョコと

お庭のローズマリーを混ぜて蒸し器で蒸しただけ。

お手軽だけどおいしい!

蒸したてはチョコもトロリ~♪

一時帰宅後塾予定の息子②のおやつには申し分ないだろう。

興奮して帰ってくるだろう娘の報告を聞くお茶にも、

遅く帰ってくる息子①の本命チョコにも

夜食なら、でしゃばらないだろう・・・。

甘いもの嫌いな夫も

明日の朝、パンのかわりに食べてくれるだろう。

あ~!!私の「本命チョコ」は複雑になったものだと思う。P1020656_1

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2007年2月 1日 (木)

2月アメジスト/紫の気分

P1000142_1 大好きなアメジスト。

カエルのブローチはキラキラカットで

綺麗なのに、お茶目でお気に入りです。

紫の気分はお庭にも・・

暖かい陽気のせいか

ラベンダーも花を咲かせていました。P1020560

勿体ないかな~と思いながら

花を摘んでお風呂に浮かべたら癒されるに違いない!!

そうだ!

ラベンダー風呂にしよう!!

と、思い立ち・・早速摘んできました。

さあ、いよいよと、お湯を沸し、

浴槽にお花お浮かべて待つこと5分。

浴室のドアを開けたとたんに

あ~!!ふぁ~~っとラベンダーの香りが流れてきました。P1020562_1

あらかじめ用意をしておいた

お水とアガサ・クリスティを持ち込んで・・

深夜のお風呂は別世界!

ラベンダーの香りに満たされて

気分はすっかりイングランド。P1020563

気がつけばもう2時間も入ってしまっていたのでした。

足の指は白くふやけ、

頭の中は甘くふやけたのでした。

家族にはちょっと内緒の夜でした。

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2007年1月27日 (土)

春の訪れ

P1020497 私の部屋のベランダに立つと

正面にお向かいさんの

大きな「木蓮の木」が見えるんですが、

毎朝、毎夕、ベランダに出ると

目に飛び込んできて

季節が移ろっていくのを知らせてくれます。

満開時には白い大きな花をいっぱいにつけて

姿もとても綺麗な木なんです。

夕暮れ時に帰ってくると

紺色の空にぽっかりと白い花が浮かんでいて

うれしくなります。

夏は緑の葉っぱをいっぱいに茂らせるし、

秋には惜しげもなくカラリと裸になる。

冬には子どもたちが脚立を持ってきて

クリスマスの電飾を巻いてキラキラと。

深夜のそれはとても綺麗。

そんな「木蓮の木」、

今年は暖冬で雪が積もってないからか

この間までは固い小さな芽だったのが

昨日より今日、ふっくらとしてきて

例年より早い春の訪れを告げているようです。

早く咲くといいな~。P1020498

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2006年12月25日 (月)

聖夜のマイセン

P1020278 300年を記念して、

今年2006’から

マイセンが6年間にわたって

発売するという「イヤーカップ&ソーサー」。

今年の夫からのクリスマスプレゼントでした^^

シンプルで優雅です。

私の2006’はシンプルと言うよりも・・

あれもこれもと、欲張ったかも(反省)

優雅には程遠く、

ばたばたしたな~^^;

来年のカップはどんなんかしら~♪

夫は、どうやら集めてくれるらしいです。

6客揃ったら素敵なことでしょう。

6年は長いようで短いね。

短いようで長いよね。

一年一年、思い出に残る年にしたいですね・・

シンプルに優雅に・・・

そして、来年もいい年でありますように。

・・そんなことを思いながら、

コーヒーをたてて、

ジョトオのブッシュ・ド・ノエルを楽しみました。P1020279P1020282 

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2006年11月 6日 (月)

里の秋/①はるちゃん柿1号

P1020005 日曜日、午後

はるちゃんが

庭に柿が生ったからと

柿を沢山持ってフラリと

やってきました。

はるちゃんは旦那様の弟。

彼は飄々としていて不思議な洒落を言ったりするので

ちょっとわかなんいこともあるんだけど、

いつもニコニコしていて、

根がまじめというか邪なものを感じさせない人です。

で、彼の家に「柿の木」なんてあったかしらと思ったので、

尋ねると、ちょと前に食べた柿の種を庭に埋めたのが

木になって実をつけたということでした。

「食べてみて♪」と彼。

「渋柿とちがうのん?」と言う私。

・・恐る恐る食べると、甘くてとても美味しい・・!

「へ~すごいね~!♪」と、びっくりすることしきり。

「桃栗三年柿八年って言うけど、埋めてからどれだけ経つの?」という私の質問に

はるちゃんは

「桃も三年柿も三年・・♪」と変な節回しで答えてくれました。

種を埋めてからたった三年でこんなに美味しい柿が生るなんて・・

またまたびっくり!!

でも「必ず2月に肥やしをあげた」そうです。

ここが肝心なんでしょうね~。

過保護にもせず期待もせずにポイントおさえて・・。

のんきに楽しんで・・

そうすればこんないい実が生るのだなと思いました。

今は直径5cmくらい高さ4,5mの木に育っているとのことでした。

ちなみに、柿は岐阜県産のもので埋めた方角は愛知県向きだったとか・・

ちょっと御伽噺みたいだと思ったので、

彼にそう言って「はるちゃん柿1号」と名づけました^^

来年にはきっとも少し大きな

「はるちゃん柿2号」が生ることでしょう。

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2006年10月30日 (月)

さようならの愛

P1000347_2 28日の新聞の

朝の詩に

埼玉県の

71歳の方の投稿された

「さようなら」という詩。

           さようなら

       黒鵜の渡り朝早く見た

       何百羽いたのだろうか

       空埋め尽くし飛び去った

       さようならさようなら

       

       さようならとは

       それがそうなら

       受け入れますよ

       そうしなくては

       ならないのなら

       そうします

       さようなら・・・・・なら

       

       美しい日本語の一つ

       さようなら・・・・・なら

       受け入れますよ

       さようなら

       さようなら

さようならは

最大の愛情なんですね。

左様なら・・そうします・・

真の愛情とはその人の望むことをすること。

さようなら

自分を差し置いて

相手だけを愛することは難しいですね。

素敵な詩をありがとうございました。

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2006年10月19日 (木)

お家に帰るとき

一日楽しい時間を過ごしました。

大好きな人たちと

大好きなことをして

好き放題に笑いました。

昼間、お天気はよく

風もさわやかで

赤とんぼが飛んでいて

すすきが揺れて

池に鯉を見つけて。

いつもよりたくさんご飯を食べました。

いつもよりたくさん空気を吸いました。

いつもより大股で歩きました。

走ったりもしました。

こうして私は子供のように

大好きな人と

これ以上は居られないくらいに一緒にいて

大好きなことを

これ以上できないくらいたっぷりとして

もうこれ以上笑えないくらいに笑ったので

子供のようにつかれました。

日が落ちて

さよなら、またねと言ったとき

ああ満足だと思いました。

そして帰り道、

夜空の中、

なんだかぽっかりしていました。

前を走る車のブレーキランプを見つめながら。

家々からもれる灯りを眺めながら。

遊びつかれて

家に帰るときは、

今でもやっぱり子供のように

ぽっかりになるなと思いました。

P1010902_1

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2006年10月13日 (金)

はげと目板でさっちゃんと♪

一昨日から大阪に出張でした。

緑地公園のさっちゃんを4年ぶりに訪ねました。

18歳違いの彼女はとてもかわいい人。

さっちゃんは私の叔母です。

母の一番下の妹。

叔母なのにいつまでも歳を取らないの素敵な人。

そんな彼女なので、みんなが「さっちゃん」と呼びます。

緑地公園で「SEASON」(セゾン)というコーヒー専門喫茶室をやってるんですが

彼女のお店の魅力は

とても静かな落ち着いた時間を過ごせること。

なので、何十年来のファンともいうべきお客さまが通ってきて下さってるんです。

閉店後、

近くの居酒屋さんで、「はげと目板鰈」でP1010790 乾杯。

久しぶりにいっぱい話せてよかった~。

突然の訪問にあんなに大喜びしてくれてありがとう♪

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2006年9月24日 (日)

お彼岸のデート

P1010596 お彼岸、お墓参りは、

彼(ご先祖さま)との

デートです。

お花を持って出かけます。

心の準備をして出かけます。

年に何度も会わないから

少し、いいところを見せたいなと思います。

ちょっとかっこつけたいけれど

でも、彼は濃縮還元の父親のみたいなので

そんなことは通じない。

全部お見通しです。

いい報告はウキウキと

悩んでることはボチボチと

話し出します。

話し出せば、すっかり彼(ご先祖さま)のペースです。

彼(ご先祖さま)の意見は

無駄なくきっぱりとしていて、P1010595

木や草花が

空気を通して伝えてくれる。

なので、次に会うまでの予定とか、P1010594_1

約束とかをしちゃいますね。

彼(ご先祖様)はどんな時でも、私の味方。

どんな惨めなかっこ悪い私でも、見捨てない。

がんばればできるよと・・

どんなにかっこよく繕っても、

よくないことは良くないと、

戒め励ましてくれる。

そんな風に無条件に全幅の信頼を寄せられるのは、

彼(ご先祖さま)だけかも・・。

なんて思ったりします。

全部お見通しのドキドキと

会えば、思い切り正直になれて、

甘えられ、愚痴もきいてくれ、頼りになる安心感。

とてもエクサレントな

彼(ご先祖様)なのです。

   

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2006年9月22日 (金)

忙しくしてるあなたへ

P1010558 朝の出勤時、

空が高くなったと思った。

空にはうろこ雲。

あなたも見るかしら。

国道を2本越え

川を渡った

あなたの住む街からも

同じ雲が 見えるといいな。

宵、帰ってきたら

どこからか

金木犀の匂いがしたよ。

朝はしなかったのに。

仕事場からの帰り道

あなたもどこかで

金木犀の匂いに 気がつくといいな

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2006年9月17日 (日)

うちのみ

P1010411 昨夜は「お豆腐」で一杯やっていたところ

ナイナイサイズで松雪泰子が「自宅飲み」の話しをしてはりました。

やべっちが、いろんなお宅におじゃまして、

「うちのみ」を盛り上げるグッズを紹介♪

女でもさっさと開けられる「ワインオープナー」は欲しかった。

暗くすると光る氷とか、1秒漬けたら1年熟成されるとかいう金具・・。

酸味が増すらしい。誕生日ワインが手軽にできちゃうの?!

阪神グッズに囲まれて呑む、歌う、コスプレも・・と

みなさん楽しそうだったな~♪

私も断然「うちのみ」派で、

で、私の「うちのみ」グッズはと言えば、

長浜でガラス館で購入した「蝋燭の灯篭」。

桜の透かし模様からもれる明かりが癒されるのが気にいっている。

ぐっとムードを盛り上げているのだ。少しずつ集めている、骨董九谷焼のお猪口とか

清水焼の杯などを眺めながら、主に日本酒、焼酎をだらだらと呑む。

昨夜は、京都のお酒「桃の滴」と

旦那様がいただいてきた、岐阜県の「雪中寒梅」で・・♪

旦那様はこのところ「雪中寒梅」にはまっている。

みんなに広めているらしい・・・

そんなこんなで深夜2時

TV番組につっこみを入れだしたところで、おひらきにしたのでした^^P1010417

P1010416    

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2006年9月14日 (木)

シルバーウィーク誕生!?

ゴールデンウィークに対して

「シルバーウィーク」が誕生するといわれています。

敬老の日はもともと9月15日だったけれども、

2001年の祝日法改正でハッピーマンデイ制度

適用になって、2003年からは9月の第3月曜日と

なりました。

そもそも「敬老の日」は1947年に兵庫県の

とある村の村長さんが

「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて

村づくりをしよう」と農閑期の9月15日を

「としよりの日」と決めたことが全国に広り、

その後「としより」という表現がよくないとのことで

「老人の日」に改称、さらに1966年に

国民の祝日「敬老の日」になったようです。

また「敬老の日」は日本独自の記念日で、

諸外国にはないとのこと。

・・長くなってしまいました^^;

で、2003年からはハッピーマンデイのおかげで、

9月20日や21日が

敬老の日となるケースが出てくるらしく、

たとえば敬老の日が21日で、続く秋分の日が

23日となったりする場合

祝日法の規定で、はさまれる日(この場合22日)が

国民の休日とみなされて、敬老の日前日の日曜日から

4連休、あるいは5連休になるため

「第2のゴールデンウィーク」とか

「シルバーウィーク」とかが誕生するとか・・。

直近では2009年、2015年らしいですよ。

長いお休みはうれしいですけれど、

海外旅行などにお出かけする人達も増えるでしょうし、

昔、兵庫県の村長さんが提唱された思いが

継承されていくかんあな~とか思ったりします。

敬老」しなくては!と思うと力が入りすぎたり、

なんだか押し付けられた気持ちもしたりして

素直に考えられなかったりしますよね~。

べたべたの「敬老」は気恥ずかしくても

日頃の感謝は伝えられるといいなと思いました。

「シルバーウィーク」ができたら

たとえば疑似体験っていうのかしら、

1日くらい自分が「おとしより」になったと想像して

過ごしてみるのもいいんじゃないかな~。

私は先でどんな「おとしより」になっているかしら・・

どんなことを考えてるかしら・・。

そして、どんな「おとしより」になっていたいかしら・・

なんて、考えてみるみるのもいいかも・・^^♪

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2006年9月 6日 (水)

がねさよこさはわん!

なにせ職場のJ子ちゃんはおもしろい子なのだ。

日々笑わせてくれている。

さらに私より年下だが、年齢を偽っているのかと思うくらい古いことを知っていて、

それは年の離れたお姉さんと彼女のお母さんの影響かなと思うのだが、

その雑学知識量は尋常ではない。

懐メロイントロから

「あっ♪無錫旅情だ(・・?)」とか「さざんかの宿だ!」

などと言って3番まで間違わずに歌いあげるし、

吉本の漫才コンビ古いギャグも使いこなす。

そんなJ子ちゃん。

でも特におかしいのが

九州弁で再現してくれる(彼女は九州福岡出身)彼女と彼女のお母さんとの会話。

小芝居つきなのもあって、お腹を抱え涙を流して笑う。

J子ちゃんのお母さんは、若いとき

「やっぱ、実演はよかね~。」と

田端義男の実演(コンサート?)に当時ではびっくりするだろう真っ赤なミにスカートで

おめかしをして出かけまくっていたという人だ。

なので一筋縄ではない、肝が据わっているというのだろうか

リリーフランキーの「おかん」を彷彿とさせる。

私たちは「NOBUEちゃん」あるいは「NOBUE」と尊敬をこめて呼んでいるのだが、

ユニークな「NOBUE」語録がたくさんあって

ほんとにいちいち、とても、とてもおかしいのだが、

でも同時にホロリとさせられ元気付けられたりもする特効薬なのだ。

その中に「がねさよこさはわん」と言うのがある。

訳すと、「蟹は横には這わない」ということ。

「なんでんかんでんうまくいくっちゃ、がねさよこさはわん。」

・・・と使う。

世の中、何でもかんでもうまくいくのなら蟹も横には這わない、という意。

仕事で行き詰まったとき

予期せぬこと起こったとき、

J子ちゃんが「NOBUEちゃん」の口真似で言ってくれる

「なんでんかんでんうまくいくっちゃ、がねさよこさはわん」には

その度に、そうだな、そうだなと勇気づけられるのだ。

最近ではみんなが言う。

がねさよこさはわん!!」

そしてみんなで笑う。

さらに合唱する、「がねさよこさはわん♪♪」

みんなで笑うために言う。

するとどうだろう!なんでもないことに思えてくるのだ

行き詰ったとき

どうぞ一度「がねさよこさはわん!」と言ってみて下さい。P1000583 

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2006年9月 5日 (火)

メグ・ライアンのCM

もうずっと前から大好きなハリウッド女優のメグ・ライアン。

今、ネスカフェのCMに登場している♪

彼女の映画はいっぱい、いっぱい観てきた。

中でも「フレンチ・キス」が特に好き。

イタリアの葡萄園をバックに

白シャツにブルージーンズとアバウトな感じの金色の髪がキュートなの。

くるくるした瞳、表情、いたずらっぽいしぐさ・・みーんな好き。

声のトーンも、かもし出す雰囲気も好き。

とにかく全部好きなのだった。

映画で流れる音楽を着メロにしていたくらいだ。

オルゴールバージョンで・・。

あんな風になりたいな~なんて憧れてた頃も。

その彼女がCMで日本語を話しているのを最初に聞いたとき

思わず見入ってしまった。

思ってたイメージどおりの発音で、イメージどおりのニュアンスで

「メザメル」とか、「カオル」とか、「アイスル」っとかって言うのだもの。

あ~っ!!参った!という感じ。

「メザメル」はほんとに「目覚める」感じなのだ。文字通りの単純さで。

「カオル」は丁寧、大切に香りをご五感で聴いてるいるように。

「アイスル」は、真摯な、「愛する」ことの本質がまっすぐに伝わってくるのだ。

さすがメグ・ライアンだ。あえてそう言いたい。

表現力が秀逸なのだ。

ほんのわずか、何十秒かのCMで。

日本語がこんなに豊かで、綺麗で、情緒的だったとは・・。

何度か観るうちに、「ル」の発音がすばらしいのだと思った。

まねして何度か言ってみたけど、うまくできない。

そう言えば、高校時代、英語の「R」の発音が苦手だったな~と思い出した。

「ル」の発音は到底及ばないが、丁寧に話そうと思ったのだった。

P1000630

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2006年9月 4日 (月)

(続)センギョウシュフ

日曜競馬の「センギョウシュフ」は13着だったらしい。

まさに、「センギョウシュフ」らしい順位だな~なんて思う。

13着という結果が、家庭の主婦として見事とさえ言えると思うのだ。

入賞もしないがビリでもない。その微妙な順位。

「センギョウシュフ」の強さは速さなのではない・・。

窓の外に広がる、耕され、ならされた畑の薄茶色の畝が、

なんとも正しい美しさで魅了する。

そして、その様に女の素朴な在り方を思う。

安定、穏やか、ピュアでいて粘り強くて美しい。

「センギョウシュフ」

家庭的な女性でいることは生易しいことではない。

「センギョウシュフ」じゃない私は日々スピード命!なのだ。

あれもこれも、次は今度はと、追い立てられるかのように走るのだ。

なのにたいして速くもない。上手に走っているとも思えない。

そして何より速くなりたいわけでもないのだ。

・・・畑はなんだか自然界に繋がっていていいな。

日の落ちた薄暗いベランダに出て

初秋の風の中に立って眺めてると、

「私って、この世のどの辺りで、どんなにして生きて行くんだろうな~?」

などと、ふと思う。

どっちつかずだな・・

秋風を感じながら、

濃くなっていく畑の畝の美しいシルエットを眺めながら

でも、背伸びせずにがんばろう~♪っと思う。

「センギョウシュフ」も

「ケンギョウシュフ」も

みーんな、主婦の強さは当意即妙♪

できる範囲で全力で走るのだ。

・・っと、部活帰りお腹をすかせた息子に、

ここぞとばかり冷凍保存のパンを焼いた(所要時間15分><・・)。

P1010011

 

くるみロールとバジルロール

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2006年8月30日 (水)

女紋/桔梗桐

リンク: 桔梗(ききょう)家紋図鑑 きものトータルケア大宮華紋森本.

京都新聞の夕刊に「女紋」を研究する方の記事がありました。

お嫁に行くときに初めて知った「女紋」

家紋以外に女性だけが使う紋章で

母の紋を受継い私の紋は「桔梗桐」

着物や道具に入れて持たせてもらいました。

当時の興味がよみがえり

早速「桔梗桐」を調べさせていただいたところ、

桔梗桐というのは見つけられなかったのですが、

桔梗(ききょう)は

山野に自生する多年草で秋の七草の一つ。

古くから愛され、和歌などで多く詠まれた。

その可憐な美しさを紋章としたもの。

桐は

日本原産といわれ、ゴマノハグサ科の落葉高木。

材質が軽くて狂いが少ないため、箪笥、琴、下駄などに利用されてきた。

成長が早いので、女の子が生まれると桐を植え、嫁ぐ時に桐、箪笥や

長持ちを作るのに当てた。

桐の文様は高貴な文様とされ

平安時代の嵯峨天皇が用いたとのこと。

「桔梗桐」の紋には

桔梗のように可憐で美しく、桐のように有能で、さらに上品に

という願いがこめられているのかしら・・。

母も私もそんな女性にはほど遠いけれど

なんとなく似ていたりするのは

「女紋」繋がりかもしれないです。P1000292 

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2006年8月 7日 (月)

夏祭り・・昭和のうたはいいな~

別れることは つらいけど

仕方がないんだ 君のため

別れに 星影のワルツを うたおう

冷たい心じゃ ないんだよ

冷たい心じゃ ないんだよ

今でも好きだ 死ぬほどに

一緒になれる 幸せを

二人で夢見た ほほえんだ

別れに 星影の ワルツを うたおう

あんなに愛した 仲なのに

あんなに愛した 仲なのに

涙がにじむ 夜の窓

             ~「星影のワルツ」 千 昌男~

尺八のメロディーに合わせて

90歳も19歳も

うたった

男も女も

大勢で うたった

夏祭りの催しで

子供の頃

ほろ酔になると

父がうたってたのを思い出しました

私も歌詞の心がわかる歳になり

ほろっと、しばしいい時間が流れましたP1000762

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2006年8月 3日 (木)

晩ご飯より亀田興毅?!

リンク: 気ままLIFE: 問うのは亀田興毅より審判!.

亀田人気で近くのファミレスも焼肉屋さんも、

人っ子一人見かけなかった昨夜。

そういう私も空腹を我慢して、ついつい車の中TVで観てしまいました。

亀田選手の判定勝ち!

でも、ほんと2ポイント、1ポイント差の説明聞きたいですよね~^^。

最後まで試合を投げなかったという高校野球のような直向きさに一票!

・・という感じでしょうか。

個人的には普段の言動の荒っぽさに好感が持てなかったので

一度負けてみるといいのになんて・・

おせっかいで意地悪なことも思って観てましたが・・・。

ラストシーンは亀田親子の驚喜感激に共感しました。

横峰さくら親子同様、親子愛というか絆の強さを見るにつけ

この親子は人生の同志的な存在なのだろうな・・とか思います。

親の夢を子が叶えるのは素敵なこと

それが子の夢ならなおすばらしいこと。

いつか親離れ、子離れ・・

それぞれ一人ずつの一人生・・

なんて思うのはやっぱり凡人の危惧でしょうか~^^;P1000133

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2006年7月25日 (火)

贅沢な時間

リンク: ちっぽけな象だぞう。.

贅沢な時間だ・・

と思える時間を少しでも作れるといいですね。

読書も絵画鑑賞も映画もお風呂も

贅沢な時間だったな・・

と、ひとりで「うふふっ♪」・・って

元気になれたらいいですよね。

栄養たっぷりの心でいて

休日には

パートナーと二人で「うふふふ♪」

っと、贅沢な時間を過ごせるといいな~P1000594

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