文化・芸術

2008年2月12日 (火)

憧れのヨーロッパ陶磁

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今年、平成20年は、

日本の「開国」を象徴される米欧5カ国との修好通商条約から、

150年にあたるということで、

京都国立博物館で

「憧れのヨーロッパ陶磁

    ーマイセン・セーブル・ミントンとの 出会いー」

と題された特別展覧会が催されている。

マイセン・セーブル・・・と聞けば、

もうこれは放っておけない気持ちでいて、

ついにこの連休に見に行くことができた。

遥かな異国への興味関心は、

一昔前の、しかも、日本人に限ったことではない。

ヨーロッパの人も東洋への憧れは強く、

さらに、「やきもの」の生産技術は東洋が先進であったというし、

この「やきもの」を通しての日本とヨーロッパの

相互に与え合った影響はとても興味深く、

その係わり合いの歴史を学びながら見る

すばらしい鳶色の花瓶や、

精巧な網目のコンポート、

絵皿に茶器、

ソース容れにカップ&ソーサーに、

すっかり目を奪われ鼓動はドキドキと、

心は遠い異国の情緒に満たされた。

展示途中にディスプレイされている

テーブルコーディネートは

当時のヨーロッパの生活様式を覘き見るようで、

まるでその館の女主人になった気持ちがしたほどだ。

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フランス セーブルの「瑠璃地金彩窓絵人物図双耳壺」

展覧会の看板にも大きく掲載されたこの壺は、

何とも優美で繊細で、

重厚で芳醇で、

艶やかで、奥ゆかしさをそなえ、

圧倒的な存在感で、そこに、藍く、あった。

ミントンのトルコブルーにもほんと心惹かれるけれど、

(息子①はぞっこんだった。絵柄もオリエンタルで・・ね~)

このセーブルの藍は、

なんというのだろうか、

その白磁とともに、わたしの頭の中の小宇宙を、

全く一変させてしまう色なのだ。

その気高さで。

金彩を施された装飾と

「瑠璃地花瓶」などの「藍」を見るとき、

当時、明治時代の日本人が欲しがって欲しがって、

大作とはいえ僅か一対の壺のために、

69点もの日本の古陶磁と交換したというのも納得がゆく。

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そして、今回とても楽しみにしていたのが、

やはり「マイセン」の

「猿のオーケストラ」(色絵楽奏猿像)。

マイセンの人形の置物が大好きだ。

さまざまな表情の

彩り美しい衣装を着けた「猿」の楽士たちは、

もうなんてキュートなのだろう!

これら愛すべきマイセン達は、

実は京都を深く愛した、フリッツ・ホッホベルクという

ドイツの伯爵様からの贈物ということだ。

なんて気前のいい伯爵様だったのだろう。

ちょっと旅行中に2ヶ月ほど立ち寄られて、

すっかり京都が好きになった伯爵様が、

この京都国立博物館(帝室博物館)に、

母国ドイツの誇るべき工芸品として、

「マイセン」をはじめ40点を超える寄贈されたのだ。

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現代、京都といえば日本の伝統文化の宝庫のように

思われているけれども、

「新しいもの好き、珍しいもの好き」といわれる一面が、

こうやって京都に、

ヨーロッパ陶磁というものが集まった所以があるのかもしれない。

そして、この「憧れのヨーロッパ陶磁」というタイトルは、

まさにその通り!の感があるが、

なになに、象牙細工や蒔絵、

ジャポニズムといわれる日本の技術や伝統にも、

当然憧れてしまうのだった。

さて、この特別展覧会の関連イベントとして、

~マイセンの「楽士」たちがイメージした音の世界~

というバレンタインコンサートが明日(2/13)あるとのこと。

「お猿の楽士」たちを眺めながら、

ハイドンに、モーツァルトのヴァイオリンソナタを聴くなんて、

なんて素敵なのだろう・・・

ペアにこしたことはないけれど、

いいバレンタインじゃないですか♪shineね~

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京都国立博物館

http://www.kyohaku.go.jp/

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2008年1月20日 (日)

「川端康成と東山魁夷」

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~響きあう美の世界~

とサブタイトルのついた

「川端康成と東山魁夷」展に行ってきました。

ノーベル文学賞作家の川端康成氏が、

現代を代表する日本画家の東山魁夷氏と親しかったということは

今までも知られていたことだったようですが、

先ごろ、お二人の間に交わされた書簡が見つかって、

その交流を通して二人の「美の追求」を知ることができるという、

なんとも贅沢な展覧会。

直筆書簡に、東山魁夷氏の作品、

国宝級の川端氏のコレクションが集められています。

東山氏の作品は川端氏の記した言葉を中心に展開されていて、

つまり、あの川端康成という文豪のガイドで

あの画家東山魁夷の作品を楽しむことができるのです。

さらに日本の美を追求したお二人の

知られざる魂の邂逅・・もう、ワクワクでした。

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まさに、まさに、「響きあう美の世界」!!

東山氏の数々の作品はとても美しく(言うまでもないことだが)、

近づいて見れば、岩絵具が結晶のように重なり、

気の遠くなるような細かい色砂の凹凸が躍動して、

離れて眺めれば、静かな透き通るような空気が

立ち込めるのです。

「京都」を描かれたものも多く展示されていて、

「京都」はまた川端氏もとても愛でておられたので、

その往復書簡は「京都」の美についての語らいが、

住む者に、改めてその素晴らしさを見せて下さったようでした。

Touka

今日は久しぶりの雪の京都でした。

そのせいもあって、いつにもまして目に留まったのか・・、

白とグレーで整えられた「冬華」(1964年)という大好きな作品。

     『また「冬華」(昭和三十九年)の、

     広い上空の「霧の中に鈍い光を放つ太陽」も、

     白い満月かと見えるほど「夢幻的」である。

     「白い珊瑚樹のように、霧氷の樹は無数の枝を

     半円形にひろげて」、太陽の鈍い光が、

     「樹のフォルムの半円に向かいあつて半円形の

     トーンを、グレーの中に形造っている。」

     夢幻風の淡い色調は日展のやうな会場では

     弱くないか、黒い「夜にして月と霧氷」をとも、

     東山さんは迷ったが、「描きたかったのは冬の

     清澄な静寂感」であつたし、「作品の強さというものは、

     決して色調とか、構図とか描き方に在るのではなく、

     その中に籠る作者の心の強さにあることに気づき、」

     「白とグレーの画面に仕上げた。」と言ふ。』

                             川端康成

ね、なんとも贅沢でしょう~~?!

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川端氏著「日本の美のこころ」(講談社刊、1973年)

の装丁に川端氏所蔵の「北山初雪」が使われる。

  『京都の自然、風景を、東山さんが見つけて描いたのだが、

  京都の自然、風景があつて、東山さんを待つていて、その

  めぐりあひが絵を産んだとも言へる。しかし、その東山さんの

  作画の用意、集中、持続は尋常でないのは、あまりに明らか

  である。抑制もゆきとどいている。その一方、刻々に変化する

  自然の束の間の美は生かす。例へば「京洛四季」の

  「北山初雪」、これを北山に住む林業家の幾人もが見て、

  このやうな感じの雪景は、一年に一度か二度あるかなし、

  しかもその時間は極めて短い、それをよく捉へた、と

  声を合わせて讃へた。』 

                        川端康成

  

  『1970(昭和45年)年

  1月30日付け 鎌倉から市川へ  東山魁夷宛

    拝啓 からから天気のかぜばやりですが、

    お障りございませんか。私たちは無事に居ります。

    北山の初雪、申し訳ない事をいたしました。ありが

    たく存じました。昨秋光悦会からの旅はもこと楽しく、

    またどこかへお供できますとしあわせです。そのあと

    おこし下さいましたところ胃が悪くて長い事ふさいで

    をりましたが、御光来の日からよくなりました。楽しか

    つたおかげと思ひます。よい折にてお目にかかれたと

    存じております。心身の良薬になります。

    奥様によろしくお傳へ下さいませ。

                       かしこ

  一月三十日        川端康成

  東山魁夷様

   昨日は孫あかり満一歳の誕生日を迎へました。』

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引用/抜粋「川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界 (求龍堂)」より

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2007年11月28日 (水)

サムライの涙

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これは、

あなた、ね。

あなたの姿。

こんな風に突然、

あなたに出会うなんて思わなかったから、

思わず立ちすくんじゃったよ。

温かい言葉、

優しい手のぬくもりなど

「かえって迷惑なのだ」、と言わんばかりに、

誰をも寄せ付けない風を

自らに纏った健気なあなた。

日々の憂いと哀しみを

願いと怒りと悔しさを

その頬に刻み、

眼差しは空を見つめ、

何かをあきらめたとでもゆうような、

悟りきったとでもゆうような、

あなたの肩。

自らの力に失望し

自らの可能性の光を探す。

その繰り返しの中で、

笑顔を課し、

心を刃にして、

戦うしかすべがないあなた。

刃となって守らなければならい、

大切な人がある。

大切なものがある。

何より大切な

あなた自身の信念がある。

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黒く硬い石の

「サムライの涙」。

ざらざらと

ひんやりと

つるつると

静かに装っていても、

その中にある

熱い心を私は知っている。

その中に閉じ込められた

声にならない叫びが聞こえる。

駆け出したい衝動が見えてくる。

艶々と

めらめらと

どっしりと

訴えてくるあなたの声に、

でも私は何もできない。

ただそばにいて

見ていることしかできない。

触れてはいけないのだろうけれど、

刃先からすうーっと

刃の頬を

薬指で触ってみた。

尖った刃はひんやりと硬く

でも円く温かかった。

あなたの涙で潤っていたから。

この石はあなた。

無骨な石を毎日涙で磨ぎながら、

全速で

のろのろと

生き抜くあなただ。

一人じゃないよ、と言ってあげるけど、

本当は一人だ。

だからって

冷たいようだけど

同情なんてしないよ。

でも、知っていた?

あなたの姿は素敵なのだということを。

あなたの生き様はかっこいいのだということを。

忘れないでいて。

「サムライの涙」を

流せる男はあなただけ。

何もできなきけれど

必ず見届けてあげるから。

「サムライの涙」/大山崎山荘美術館

流 政之(ながれ まさゆき、1923~)は、

世界的に活躍する彫刻家。"Samurai Artist"の異名をもつ

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2007年11月25日 (日)

モネ/大山崎山荘美術館

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連休最後の日曜日、

京都は多くの観光客で目抜き通りは渋滞も、

温かい日差しのお出かけ日和、

じっとしていられなくて

お散歩がてらに出かけました。

車で30分、

「山崎の合戦」で有名な天王山の

山麓にある大山崎山荘、

関西の実業家(加賀正太郎)の別荘でしたが、

荒れ果てていたのを、

アサヒビールの当時社長が

修理補修して、1996年、

アサヒビール大山崎山荘美術館になりました。

イギリス、チューダー朝様式の山荘は素敵です。

今見ごろの紅葉は

目も覚めるように真っ赤に色づき青空に煌き、

テラスからは、木津、宇治、桂の三川の合流を望めます。

ウインザー城からのテムズの流れを重ねたと言われるこの景色は壮大です。

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新館/地中の宝石箱では

「光の画家」と呼ばれたモネの

晩年の作品「睡蓮」が展示されています。

同じモチーフを異なった時間、

異なった光線の下で描いた連作。

「光」

「ひかり」

「ヒカリ」

表現。

自分の表現。

そのときの

そのときごとの

新しい自分が見たい。

「光」

光があるから、

見えるものがある。

「光」

光のために、

見えないものもある。

「ひかり」

ひかりがなくても、

見えるものがある。

まだ知らない、

予測もつかない

自分に会いたい。

会ってみたいな。

そんな風に感動している自分に、

感動する。

見えないものが見える目。

見たいものが見える目。

見たくないものは見ない目。

美しいものしか見えない目。

迷いのない目。

心の目。

私にも見えるかも知れない。

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「水の庭」で

無謀にも、

モネの目になれないかしらなんて、

パチパチしてると、

あれま~!!お仲間が沢山!!

思いは同じ?

みな即席モネになってしまっているようでした^^

アサヒビール大山崎山荘美術館

http://www.asahibeer-oyamazaki.com/

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2007年10月29日 (月)

狩野永徳展

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疾風怒涛の時代を

全速力で

駆け抜けた。

天下の覇者達とともに

美の高みに

もっと、もっとと・・

48歳の生涯を。

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梅や松の巨木の迫力

勢い、大きくうねり、

幹をくねらせ、

枝々は

まるで3Dのように

目の前に突き出してくる。

鳥は生き生きと飛び、

花はさめざめと咲き、

虎も鶴も龍も

そして、人々も生きて、動いている。

息をしているのだ。

画を飛び出して躍動する

情熱の

熱さが

直向きな

魂が

およそ500年の時を経てなお

今、ここに、この瞬間に息づいている。

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黄金のとき、

桃山という時代は

なんとも、

とほうもない時代だったのだ。

狩野永徳の一筆一筆の勢いは

慎重に制御されているも臨場感に溢れ、

濃く、薄く、墨を極めた細かな書き込みは詳細に

その時代のエネルギーと

彼の画への情熱をも同時に伝えてくる。

Photo

「金壁大画」

その気迫!

桃山の男達はみな

威勢を無言のうちに示す

黄金を好んだのだろう。

常に生と死の狭間にいて、

その刹那を生きるために。

信長が、秀吉が、

天下人が競って描いて欲しがった

狩野永徳の絵画は、

その絢爛さでもって

大らかな気風と権威

ほとばしるエネルギーを

具現化してくれるものだったのだと感じる。

どうだ!と言わんばかりにふんだんに使われた

金粉や金泥の

まばゆい輝きを放つ

一見、豪奢で威圧的ですらある

大きな屏風画の中で、

目をこらすと、あちらこちらで

小さな生き物たちが

動いている。

草や葉はその1枚1枚がそよぎ、

鳥や花はみな舞い、咲き誇る、

人は話し、歩き、働いている、

みなそれぞれにその命を輝かせている。

そんな小さな命の輝きが集まり

大きな一双の圧巻の屏風画を作っているのだ。

天下人の欲しかったもの、

あくなき憧れをもって

手に入れたかったものが

きっとここにあるのだろうと思う。

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小さな命の輝きなくして、

大きな輝きは得られない。

小さな心を分からずして、

大きな偉業は成し得ない。

狩野永徳は知っていたのだ。

一枝にかよう命の勢いを、

一枚の葉に宿る潤いを、

鳥や動物たちの血の熱さを、

町人達の不安を、

色鮮やかな女達の健気を。

彼もまた頂点を目指して

戦っていた男だったのだから。

命を、束ねて生きなければならない

使命をもった男だったから。

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「洛中洛外図屏風」に眺め入り、

いつの間にかすっかり夕暮れの

空に佇む京都タワーを西方に観止め、

ふわっと吹いた涼しい風に

時が一瞬交差した。

この街は今も昔も何も変わらないのだ、と思う。

金雲の間に描かれた街並みは、

今なお変わらずに

メタリックに夢のように美しい。

祇園囃子や川のせせらぎ、

人々の笑い声や怒鳴り声も同じなのだ、と思う。

さまざまな思いを胸に、

人は今日も生きる。

時代は流れ変わっても

そこに生きる人の心はかわらない。

野望に欲望、情熱も不安も哀愁も。

豪放で繊細な

「狩野永徳」の描いた心だ。

Kanou2

http://eitoku.exh.jp/

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