やさしさの技、勇気の術
6年うちに居る
ラブラドールのチョコの命の火が消えていく。
少しずつ確実にゆらゆらと。
春、顔の左半分に固まりができて、
五月には右前足にも同じ固まりができた。
片足を引きずり、遊んだ。
夏、歩けなくなって、
大好きな散歩に行けなくなった。
そしてそれからは庭にいて、
秋の初めのある日
ついに彼女は彼女の家から出れなくなって、
ご飯もあんまり食べなくなった。
昨日の夜、
どうやって出たのだろう、
家から出て、室外機の下のくぼみに
お尻からすっぽり入って
出られなくなっていた。
彼女はそこが好きだった。
ひんやりとしたちょうど彼女にぴったりのその空間が。
くったりと前に投げ出された両腕は力なく
右腕は固まりが裂けて、
血が流れ出て肉も見えていた。
呼ぶと、目だけでこちらを見て、
はぁはぁの息遣い。
くーん、くーん、と言う。
もう一人では出られそうにもない。
出してやらなくちゃ。
大好きなお肉で誘っても、
もう彼女は動けなかった。
はまったままで手からご飯を食べた。
大きな体はそのくぼみに
あまりにもぴったりとはまっていた。
家にいた息子②に、
「引っ張って出してやろう。」と言うと、
「かくれてるところがどうなっているかわからないし、
むやみに引っ張ったらよけいしんどくなるかもしれん。」
と言う。
確かに左後足は見えていたが、
お腹と右後足はすっかりくぼみの中にあって
どうなっているのかわからない。
「隙間から背中に手をまわして抱えてみようよ。(私)」
「無理に引っ張るとやばいかもやで?
胸が圧迫されてるし、うまくやらんと。
僕らが出していいか、先生に電話して聞くわ。(息子②)」
・・・繋がらない。
リダイヤルをしながら、
息子②は玄関のホールに、
ベッドをしつらえた。
庭に置いていた彼女の別荘、
大きなケージを運んできた。
私は息子②を手伝って
タオルケットを敷き、
水、ご飯、ゴム鞠を置いた。
その間も息子②は
「チョコ、チョコ。」と、名前を呼び、
「もうちょっと待ってな。もうちょっと待ってな。」と話しかけた。
三度目のコールでやっと連絡がつく。
「大丈夫、出してやって下さい、
運ぶときはタオルに乗せて・・・・・。そうすれば・・・。・・・」
息子②は先生に指示をもらっている。
そこへ息子①が帰ってきた。
私が事情経緯を話すと
息子①は現場に直行。
「タオル持ってきて~~!!!〇〇〇!(息子②の名前)。」
電話を切るやいなや
息子②タオルを持って急行も、
息子①はもうすでに彼女を抱きかかえていた。
あっという間の救出だった。
バスタオルを広げ担架にして
二人無言でホールに運び寝かせる。
「お前、力ないんな・・(笑)(息子①)」
「・・そうかもしれん・・(笑)(息子②)」
「あんたら二人、両極端!!(笑)(私)」
その夜はじめて笑った。
「もっと早くここに運んでやったらよかったんかな・・(私)」
「いや~、歩ける間は庭にいた方がよかったんやで・・(息子①、②)」
「そうやな。なぁ、☆☆☆(娘)にメール入れた方がいいかな・・(私)」
「う~ん、そやな~、けど、知らせんでいいんちがう・・?(息子①)」
「・・うん、帰ってきたらわかることやし、
今教えてもどうもできひんしなぁ・・。
一人で、きっと悲し過ぎるで、お姉。(息子②)」
「・・・・そやな・・ ・・・。
・・・なぁ、けど、☆☆☆(娘)がいたら、
ずっと抱いて一緒に寝るって言うやろうな・・。(私)」
「・・・そやな~~。きっと言うな~(笑)、
・・ま、代わりに僕の肉やるやん~!(笑)(息子①)」
「僕のも、ええで~♪(息子②)」
そんな会話を聞きながら、
息子②の作ったベッドに、
彼女は今体を横たえて、
目と耳で私達の声にかすかに応えている。
口元にお肉を持っていくと
食べたかった!と言わんばかりの表情を作って、
なんとか口に入れてくれる。
もう首を持ち上げるのもしんどいのに。ね。
ありがとうね。ありがとう。
ゆらゆらと彼女の命の火がゆれている。
ゆらゆらと思い出の日がゆれる。
16日、
お昼過ぎ、
息子①からの連絡。
涙にならない悲しみというものが
あることを
あらためて知る。
受話器の中を
ゴォ~っと反響音を立てて
悲しみの川が流れる。
その轟音の中で、
私の出す声は
人でなしのように冷たく響き、
息子①の声も
なぜかふざけて聞こえる。
もう痛くないんだ・・・、
ということだけに思いを馳せようと、
感傷的にならなようにとしている自分に気がつき、
愕然とする。
人はなんて複雑でやっかいな動物だろう。
特にわたしは・・。
犬はなんて単純で潔い動物なんだろう。
特に彼女は・・・。
気まぐれな私にも
一度として
駆け引きなどすることなく、
裏切らず、
疑わず、
どんなときにあっても、
愛される者として
きっぱりと
愛する者として
超然と
存在していた。
彼女の重さは、
完璧な
やさしさと勇気の
重さだった。
私もそんな風に生きたいよ。
私はでも、そんな風には多分生きれないよ。
どんなにか恐かったことだろう。
どんなにか寂しかったことだろう。
でも、もう痛くはないんだよね、
もう安らかなんだよね、
そして
だから
今は、
これで、
一度お別れなんだよね。
また会うために・・。
また必ず笑顔で会うために。
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